17、部下と契約精霊。(オリジン・エルフ)

 神殿内の警備をしていたエルフ兵長ルトは、オリジンの帰還の気配を察知すると同時に、今までにない何かを感じた。それは不快なものではなかったのと、プラノが様子を見に行ったのが見えたのもありルトはそのまま警備を続けていた。


「ルト!」


 笑顔で駆け寄ってくるプラノにルトは軽く手を上げる。ルトはプラノが神殿に入った時に彼が慣れるまで世話をしたことがあり、兄弟のように過ごしていた時期がある。エルフ兵となって疎遠になっていたものの、オリジンの目覚めにより再び友好を交わすようになった。


「どうした? 先ほどまで感じたことのない気配があったようだが……」


 プラノの笑顔を見れば、その「何か」はきっと良いことだろうと思いつつルトは問うが、その答えは衝撃的なものだった。


「オリジン様が怪我をした渡り人を連れてこられたのです!」


「渡り人を?」


「しかも『目覚めの部屋』に、です!」


「怪我をしていたから保護されたのだろう。オリジン様はお優しいから」


 ルトは特におかしなことはないと思ったのだが、プラノの興奮具合に首を傾げる。反応の薄い年上の友人に、プラノはもどかしげに言う。


「女性だったんです! でも、私が部屋に入った時にはお二方ともベッドにいらっしゃって……お連れ様の怪我を治すよう言われたんですけど、もしかしたら邪魔をしてしまったかもしれません……」


 嬉しそうに語っていたかと思えば、急にしょんぼりして俯く弟分にルトは苦笑する。


「何を言ってるんだ。お連れ様は怪我をされていたんだろう? オリジン様は治療をするところだったんだ。怪我人に何かするわけないだろう」


「そ、そうですよね! それなら良かったです!」


 再び笑顔になったプラノの頭をルトは撫でる。神官として高い地位にいる彼を弟のように見てしまうのは良くないことだろうが、これはもう一生このままだろう。

 ほんわかした空気のなかで、ルトは考えながら口を開く。


「それでも女性の渡り人、か」


「以前、町に訪問された時も多くの着飾ったエルフ娘がいましたが、そちらには目もくれなかったんですよね」


「神という存在も様々だから特に疑問を持たなかったが、オリジン様が興味を抱いた女性がいるのなら僥倖ではないか?」


「はい! オリジン様のお子様は、さぞかしお可愛らしいでしょうね!」


 一樹は純和風の顔立ちであり、美しさを誇るエルフたちには遠く及ばないだろうが、彼らの『オリジン贔屓』はとどまる事を知らないようであった。







 前回は「空気を読んだ」らしいシラユキは、一樹がログインすると同時に飛びついて甘えてきた。本人?曰く、ミユがいたから遠慮したとのことだった。

 シラユキの主張は、呼び出した風の精霊王が親切にも通訳してくれた。精霊王は着物姿をしている女性体で、肌だけは白く他は緑一色だ。目に優しい統一感である。


『エルフの神は、罪な男神よの』


「ん? そうですか?」


 一樹は自分の指をシラユキが甘噛みするのをそのままに、もう片方の手で柔らかな白い毛を撫でてやる。至福と言いながら笑顔の彼を、残念な子を見るような視線を送る風の精霊王。彼女はふよふよ浮かびながら扇子を取り出し、部屋に爽やかな風を入れてくれている。


『あの渡り人を助けたのは気まぐれか?』


「気まぐれといいますか、彼女の幸運値が高いのと運だと思いますけど……まぁ、ぶっちゃけ好みのタイプでしたね」


『お主、軽いな』


 運営NPCとして演技をする相手は、他のNPCとプレイヤーに限られている。魔物、精霊、動物などはその対象ではない。マニュアルを読み込んだ一樹は相良にも確認し、精霊や眷属であるシラユキの前ではほとんど素で接していた。

 ちなみに精霊王に対して丁寧口調なのは、いかにも「お姉様」といった雰囲気だからだ。雰囲気に流されやすい男なのである。


「内緒ですよ。皆の前では神として演じているんで。あと未成年に手を出したら犯罪なんで」


『まぁ、お主のその中身に我ら精霊は惹かれているのだがな』


「それは光栄です……ん? 中身?」


「キュン!」


 シラユキが突然何かを察知したのか、耳をピンと三角に立てて窓の方を向く。蛍のように飛び交う風の下級精霊たちも落ち着かないように飛び交っている。


「何かあったシラユキ、こちらからは何も感じないけど……」


 そう言っている一樹の目の前にガラス板のようなウィンドウが現れ、ポーンというアラームが鳴る。このアラーム音は緊急の案件を知らせるもので、前回ミユを助けた時そこへ行くかどうかは一樹が選択できた。

 しかし、今回は違うようだ。


【運営NPC(エルフの国管理者)への出動命令、違反者の排除並びに被害者の保護、エルフの森へ転移します(三十秒前)】


 どこのアニメ映画だと思いながらも、一樹はシラユキに留守番を頼むと撫でる。


「風の精霊王、もしもの時は呼ぶので」


『では戻ろう。無理はするな』


 力の強い精霊は契約者が呼べば現れるが、普段は次元の違う『精霊界』にいる。精霊はそこで生まれこの世界にやってくる。そして力をつけた精霊は故郷である『精霊界』に再び入ることができるようになるのだ。

 いつもオリジン一樹にくっついている下級精霊たちは、子供の精霊のような存在なのだ。


「さて、何が起きてるのやら……」


 強制的に転移する感覚はログインするときのものに近い。何もない場所に突如発生した魔法陣の幾何学模様を眺めつつ、一樹は光に包まれ神殿内から消えたのだった。


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