16、猛省する一樹と、出会う美優と愛梨
食事のできるラウンジに向かう一樹は、重い足を引きずり何も考えず「生姜焼き定食」を注文する。自動で出て来たプレートを手に取り、窓際にある座り心地の良いソファーに腰をかけると声にならない声を出す。
(やっちまった……)
フンドシ一丁のマッチョエルフが謎の光で「はいてない」ように見えている画像は、上司の相良が消去してくれたらしい。出力した紙は相良のデスクに大事にしまわれていたのだが、今の彼にとってそれは些細なことであった。
(やっちまったやっちまった……)
ミユと名乗った少女プレイヤーは、リアルな自分の容姿をトレースする『エターナル・ワールド』の中でも、アイドルのような可愛らしさを持っていた。外見を変更していないだろうと予測しているのは、一つのパーツ毎に万単位の金がかかるからだ。学生だけではなく、大人の財布にも優しくはない金額設定だ。
そんな可愛いうら若き乙女の柔肌は今も一樹の網膜に焼き付いているし、その乙女にフンドシ一丁マッチョエルフのなぞ見せてしまった。
最低だ。大人として最低だ。一樹は何度も自分を責める。
ステータスを見た時に、妹と同い年だとういうことは分かっていた。なのにもかかわらず、半裸状態の彼女を寝室に連れて行っただけではなく、フンドシ一丁でいるなんてどこの変態なんだと一樹は頭をかかえる。
(まぁ、彼女がイベントをこなせるレベルにあるとは思えない。治癒師だし、あのパーティに戻らないだろうし、もう会うことはないだろう)
自分に言い聞かせるように心の中で何度も「もう会うことはないだろう」という言葉を繰り返す。しかしその度に、何かのフラグが立つような気持ちになる。
そしてそのフラグは、折れずに一樹の前に立ち裸……立ちはだかるのであった。
「もう、アンタはパーティに入れないから」
教室に入ったミユは、開口一番クラスのリーダー格の少女に言われる。分かっていたからショックを感じることはなかったが、これからの学校生活が面倒になると内心落ち込んでいた。
昨日はハリウッドのアクション俳優のような、素晴らしい体のイケメンエルフと夢のような時間を過ごせた。あんな格好いい人がリアルにいたら……などと夢を見る。ミユは彼がNPCであることを残念に思っていた。
「聞いてるの!?」
「え? あ、ごめん。うん。分かった」
「はぁ!? それだけ!? アンタみたいなお荷物治癒師をパーティに入れてやってたのに、詫びのひとつもないわけ!?」
教室に響く彼女の金切り声に、周りはミユこと宮田深結(みやたみゆ)に同情の目を向けるが誰も助けない。彼女と彼女の取り巻きに絡まれたが最後、日々嫌がらせを受けることになるからだ。
これからは深結もその餌食になる……かに見えた。
空気が変わったのは、怒る少女と深結の間にすらりと背の高い綺麗な少女が割り込んだからだ。
「何よ! こっちはまだ話があるのよ!」
「も、森野愛梨(もりのあいり)さん……」
「愛梨でいいよ、美優さん」
「あ、あの、私も美優でいい、です」
「そう、なら美優」
「ちょっと!!」
未だ金切り声がやまない少女は、愛梨がひと睨みすると「ひっ!」と声をあげて大人しくなった。
「あなたはもう彼女をパーティに入れないと言った。ならもう用はないでしょう? 他に行ってくれるかしら?」
「は、はひ……」
なぜか青ざめるを通り越し真っ白になった少女は、取り巻きに支えられ席に戻っていった。それを見届けた愛梨は、再び美優を真っ直ぐに見る。
「さっき少し聞こえたんだけど、美優は治癒師なの? 『エターナル・ワールド』で?」
「うん。もうすぐで全体魔法の回復を覚えられるレベルになるよ。そうしたら転職しようかと思ってて……でも今はソロだから、転職するにしても新しいパーティに入れてもらわないとって思ってる」
「そう、なら私と一緒にやらない?」
「え?」
「私、まだ始めたばかりだから、色々教えてくれると嬉しいわ」
思わず美優は愛梨の整った顔をしげしげと見てしまう。そんな彼女の視線をくすぐったそうにして、愛梨はふわりと微笑む。その微笑みになぜか既視感をおぼえた深結だったが、それ以上にその申し出が嬉しく、思わず立ち上がって彼女の両手をギュッと掴んだ。
「お願いします!! 回復なら任せて!!」
少女たちの微笑ましいワンシーンに周りは祝福ムードになっているが、一部その雰囲気にそぐわない輩がいた。深結の元パーティメンバーたちである。
「あいつ……絶対に許さない……」
悔しがる少女は、今この場で行動することはない。というよりも森野愛梨という女生徒の登場によって、学校というリアルの場では何も出来なくなってしまった。
愛梨のスラリとしたスタイルは中性的な魅力を感じさせ、その整った顔で多くの生徒から人気がある。特に女子からの人気が高い。
そういう人気のある人間と一緒にいることになった深結に対して何かしようものなら、自分たちの立場が危うくなってしまう。
「ゲームの中なら……」
あの世界なら、どうにか深結に報復できるかもしれない。運営に目をつけられているらしいのは、画像を消去されたことで気づいていた。
「運営なんて、どうにでもなるわ」
「やるか?」
「どうせ今のキャラを捨ててやり直すんだから、何でもありだろ」
そう言い合う取り巻きに、少女はニヤリと笑う。
仄暗い目をした少女の視線の先には、楽しそうに話している美優と愛梨がいた。
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