22、正体を隠す一樹(オリジン・エルフ)


 ログインした一樹は、手慣れた下着(もちろんフンドシ)を身につけ貫頭衣をかぶる。

 常に周りにいる緑色の光を放つ風の下級精霊に挨拶し、真っ白な子犬の姿で駆け寄るシラユキをモフモフと愛でる。さらに今日は追加でいくつかの作業をすると、タイミング良くプラノが部屋に来た。


「オリジン様、ご存知とは思いますが本日は……」


「ああ、分かっていますよ。良からぬ者たちが来たのですね。彼女の様子は?」


「聞いたところによりますと、肌をあらわにされたとか……下着姿とはいえ成人前の乙女にとっては辛いことでしょう」


 ゲームとはいえ、下着姿になることに抵抗のない女性はいないだろう。いや、身内にいるような気がするが、大概は抵抗があるはずだと一樹は心の中からその考えを追い払う。

 プラノはオリジン一樹の周りを飛び交う精霊の姿を見て、表情を引き締める。


「ん? 気づきましたか?」


「この精霊の配置は……いえ、オリジン様の御心のままに」


「よろしく頼むよ」


 そういうと一樹はシラユキを床に置き立ち上がると、素早く動いたプラノが音もなくドアを開けて軽く頭を下げる。


「神殿の奥にある中庭にいらっしゃいます。渡り人の女性お二人です」


「二人?」


 ということはアイリも一緒だということだろう。一樹は呼び出した精霊たちをいくつか組み合わせて、自分の周りを囲むように飛ばす。

 そこにいるのは緑色の光を放つ風の下級精霊の他に、水、火、光の下級精霊だ。


(オリジンはプレイヤーや他のNPCみたいな魔法が使えないからな……)


 あの運営専用の白い部屋で何度か実験を重ねて出来た、自分の姿を光の加減でぼやかせて見せる力を発動する。イメージとしてはピントの合っていないカメラとか、メガネのレンズが曇った状態で見る景色のようなものだ。


「なるほど。オリジン様の神々しい御姿を見せるのも、エルフではない彼女たちには刺激が強すぎるかもしれませんね。先日の女性もいますが、初見の方もいますし」


 なぜかプラノが深く頷き納得しているが、もちろんこれは一樹が妹に身バレしたくなくて考えたものである。水と火の精霊で水蒸気を起こし、それを光の精霊が反射させるというものだ。風の精霊が何をしているのかというと、風向きを変えてもらっている。その理由は……。


「へぇ、この人がイベントのメインキャラかぁ」


「失礼だよアイリ! すみませんオリジン様……」


「大丈夫ですよミユさん、気にしないでください」


 そう言って微笑むオリジンに、ほんのりと頬を染めるミユはとても愛らしい。そんな二人の様子をアイリは生温かい目で見ている。リア充爆ぜろと言わんばかりに。


「……ん?」


 ふと何かに気づいたようなアイリに、オリジンの一樹はびくりと体を震わせる。くんかくんかと周囲を嗅ぐようなアイリの仕草に、ミユは何事かと不思議そうに彼女を見た。


「どうしたのアイリ」


「んー、なんか一瞬お兄ちゃんっぽい匂いが……」


「え? 匂い?」


「あ、いやいや何でもない! 気にしないで!」


 慌てるアイリにミユはさらに不思議そうに彼女を見る。ブラコンレベルの高いアイリは、その高性能なブラコンスキルを駆使して一樹を見つけ出すことが出来るのだ。

 表向きは穏やかに佇むオリジンであるが、内心冷や汗かきまくっている一樹。彼は風の精霊に自分の匂いが妹のアイリに届かないよう、風向きを調整してもらっていたのだ。


(それにしても、ゲームの中でも感覚ってのはあるんだな。体臭まで再現するのか)


 そして恐ろしいのはアイリのブラコンパワーであるが、精霊たちに頼み込んだ甲斐もありオリジンの正体がバレることは防げたようだ。

 自他共に認めるシスコンの一樹も、妹のことはとても大事に思っている。しかし、匂いで感知できるところまでではない。


(いや、俺がそこまでいったらヤバイだろ)


 危ない思考に片足をつっこみそうになり、慌てて正常な状態に戻す。そしてアイリの際どい衣装に「やはりそっち系に走ったか」とため息を吐きたいのを我慢しつつ、一樹はミユに笑顔を向けた。


「では、捕まっている不埒者を処しますので、会場に向かいましょうか」


「あ、あの、エルフの国では死刑が行われると」


「ええ、ですがエルフの国では精霊が罪人に見合った処しかたをするので、我らが手を下すわけではないのです」


「見合った、ですか?」


「私が目覚める前の資料にもありましたが……まぁ、ある種死刑のようなものかもしれませんね」


 会場と呼ばれるそこには、すり鉢状になっている白い石造りのコロッセオのような建物があり、そこにはすでに多くのNPCが詰めかけていた。ほとんどがエルフだが、動物の姿を持つ獣人と呼ばれる種族や、背は低いが筋骨隆々の髭を生やしているドワーフと呼ばれる種族もちらほら見える。

 いかにもVIP席といった場所に座るオリジン。ミユとアイリは神官エルフであるプラノに案内され、オリジンの近くに用意された席に座っていた。

 何やら会話をしている二人の少女を眺めつつ、一樹は上司である相良の言葉を思い出していた。


『今までにないハッキングのやり方ね。あの黒装束のアイテムも付加されていたのは、アーマーブレイクっていう防御力を下げる能力がついている、通常であれば服を脱がすみたいな使い方ができないものだったわ。そして、どうやって多くのセキュリティを抜けたのか、ログを改変することができたのか、未だに分かっていないの』


 目の下に隈を作った相良は、一樹に話しながらも頭を抱えていた。これは会社として……というよりも、もっと大きな問題らしい。『CLAUS』のセキュリティは、国単位のデータバンクに使われているものと同じセキュリティ仕様になっていると相良は言った。


『ねぇ、あのミユって子は、彼女だから狙われる理由があるんじゃないかしら』


 調べてみると言っていた相良は、今までにない真剣な表情をしていた。

 自分の近くの席でアイリと話すミユはどこから見ても普通の女子高校生であり、一樹からすれば大人しく可愛らしいごく普通の少女にしか見えない。そんな彼女に一体何があるというのか。


(少なくとも、エルフの国でもうあんなことは起こさせない)


 一樹が思わず握りしめた拳を、横に控えるプラノがじっと見ていたことに彼は気づくことはなかった。

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