23、精霊王からの罰(オリジン・エルフ)

 エルフの国に神であるオリジンがいることに、他の種族は驚いている。エルフの神が目覚めたことと、国を開いて外交を再開させたこともあり、今代のオリジンは何かが違うと思われていた。

 そして、渡り人の起こした事件により、国の要人たちは集まっている。

 罪を犯せば罰がくだる。無実の罪であればその場で解放される。多くの人が集まってはいるが、行われることは至極単純なことであった。


「もう、やめてくれ、これ以上は……」

「俺のが、俺のがあぁぁ……」

「はは、これ、夢だよな?」


 会場に響く罪人たちの悲痛な叫びに、それを見る人々の目は冷たい。人道に外れる行いをした者には、それ相応の罰を与えるのがこの世界の常である。

 アイリはどこか楽しげに、ミユはなぜか心配そうに罪人たちの前に立つオリジンを見ていた。

 場内の真ん中に設置された舞台に立つオリジンの一樹は、様々な色の下級精霊たちを身にまとっていた。その堂々とした姿で、いかにも「神」といった雰囲気を存分に見せつけている。心の中では会場の人の多さにガクブルだったが、何とか彼はNPCの演技を続けることができていた。

 そんな一樹が呼び出したのは、オリジン特有のスキル『精霊の加護の付与』だった。


(運営の力を使える『黒スーツモード』だったら何とかできるかもだけど……)


 神官長プラノやエルフ兵長ルトの手前、出来ないとは言えなかった。


(これ、ランダムなんだよな。まぁ彼らに見合う精霊が出たはずだけど……)


 呼び出した精霊の姿は一瞬だけ見えた。灰色の髪の凄まじいほどの美男子が、楽しそうに笑って消えた。そしてその瞬間から罪人たちは苦しみだしたのだ。

 何が起きたのか騒つく中、横に控えていたプラノが「お静かに!」と、声を張り上げた。エルフの中でも一際美しい彼の容姿に、自然と人々は注目する。


「オリジン様のされたことは、この者たちに加護を与えることです」


 途端に会場内が大きく騒つく。中には憤慨している者たちもいたが、それらに落ち着くようプラノは手を上げて続ける。


「神官である私、プラノがしかと見届けました。彼らに与えられた加護は『時の精霊王』のもの。神と同列とされる精霊王を召喚できることこそ、エルフの神である『オリジン・エルフ』の証明であります。ここまではよろしいでしょうか」


 静かな中にも広く響く、その少年特有の透明な声に人々は魅了された。そしてプラノの説明はクライマックスに達する。


「オリジン様の呼びかけにより現れた『時の精霊王』は、強い加護を罪人どもに与えました。それは若返りです。彼らの下半身の一部を赤子のような清らかな状態に若返らせたのです」


 しんと静まる会場内。そこに絶えず響き渡るのは、罪人たちの男泣きである。


(ええと、このゲームで怪我とか欠損をしても、ログインした時と同じ状況に戻ってからログアウトする仕様になっているはずだよな)


 なぜログアウトの時に元に戻るのか、それは『エターナル・ワールド』のテストプレイ中に、身体的に欠損した状態でログアウトした人が、リアルの世界でもうまく体をうごかせなくなってしまったのだ。

 それは、運動機能を司る脳の部分が、一時的に機能しなくなったからと言われている。


「精霊王の加護は、神と同じ強さを持っています。私の見たところによると、罪人どもは常に若返りの加護を受けています。体の一部だけ、です。……彼らが許される時、それは加護を失った時ということになります」


 つまり「それ」は、成長することもないという事である。なんてこった……と、一樹は冷や汗をかいていた。

 もうこうなってしまうと、加護というよりも呪いである。常時発動しているということは、ログアウトする時もそのまま……ということになるのではないか。一瞬だけ見えた灰色頭のイケメンのニヤケ顔が一樹の脳裏をよぎる。


(まぁ、リアルでもこいつらロクなことしないだろうし「そこ」が使えなくなったとしても自業自得だよな)


 バグのような不具合さえ起こさなければ、きっと上司である相良は何も言わないだろう。むしろなんか喜ばれそうだ。問題があれば上が対処する。一樹はこの件について気にしないことにした。

 舞台から降り、再び席に戻るオリジン一樹とプラノ。閉廷された後は神殿の中庭で食事が提供されることになっている。質素倹約が美徳とされる神殿なので豪華ではないものの、美しい花々の咲き乱れる庭園が見られるのはこの神殿ならではのものである。今日はこの庭園を見るために来た人もいるらしい。


「ところでプラノ、彼らは自分に起きたことがなぜ分かったのですか?」


「ご丁寧にも、時の精霊王が自ら説明してあげたようです。時間の停止を行使した形跡がありますね」


「ふむ……」


 そういえばと、正社員になってリアルタイムでログの確認ができるようになっていたことを思い出し、一樹はこっそりウィンドウを呼び出すと精霊王と罪人たちのやり取りが出てきた。


「なるほど。これなら大丈夫かな……」


「オリジン様?」


「いや、他の国からの要人もいますから、この後も失礼のないように」


「出られるのですか?」


「ミユさんに話があるのですが……」


「わかりました。ルト!」


 何を納得したのかプラノがルトを呼ぶと、すらりと背の高い美青年エルフが駆け寄ってくる。オリジンに向かって丁寧に一礼する。


「何かあったのか? プラノ」


「ミユ様はオリジン様がお相手なさる。一緒にいらっしゃる方のお相手を頼む」


「分かった。ではオリジン様、御前失礼いたします」


 用件だけ聞くと、風のような早さでミユとアイリの元に向かうルト。どうやら面識があるらしく楽しそうに話しているのを見て、少し複雑な気分になるがそれどころではない。

 一樹は今回のログインする前に、上司の相良からとんでもないことを言われていたのだ。


(はぁ……気が重い……)


 これからミユに言うことを考えると、憂鬱になる一樹だった。

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