110、呼び出しとアイリの火(赤毛のギルドマスター)
執務室に入ると、執務机の上に書類を広げたステラがものすごい勢いで振り向き、その迫力に思わず一歩下がってしまう。
空色の髪は窓から差し込む光でキラキラと輝いているが、彼女についた目の下のクマが痛々しいほどに際立っていた。
「ステラ、しばらくぶり……だな」
「……そうですね」
小さく息を吐いたステラは、ギルマス一樹が抱えている書類に目をやる。
「コウペルですか」
「俺にしかできない決裁の書類を大量に押し付けやがって」
「ふふ、彼は私が鍛えましたからね」
「どうりで優秀なわけだ」
執務机に置いてある手紙を手にとったギルマス一樹は、そのままくしゃりと丸めて火魔法で燃やしてしまう。
「せっかくのお手紙ですのに」
「ステラ、俺宛ての手紙に紋入りの封蝋がついていたら、遠慮なく燃やしてくれ」
「無理です」
「ギルマスの許可が出てんだぞ?」
「王家の紋入りを、一般国民の私がどうこうできるわけないでしょう」
燃やされたように見えた書類は、そのままの状態で一樹の手の中にある。そもそも王家からの書類や手紙は、汚れたり破れたりしないような魔法が付与されているのだ。
「悪いなステラ、またしばらく留守にする。ギルドマスターの権限を俺が帰ってくるまで渡しておくから、決裁は頼んだ」
「……しょうがないですね。早い帰りをお待ちしております」
「おう、まかせとけ」
とは言ったものの、赤子が成長するのにどれだけ時間がかかるのかを一樹は知らない。他の精霊たちもよく知らないようだった。
これからどうしたものかと一樹が考えていると、ステラは遠慮がちに問いかけてきた。
「あの、王家からの書状には何と書かれていたのですか?」
「どうやら俺の母親が王城にいるらしい。丁重にもてなしているからお前も来いと書いてあった」
「ギルマスのお母様、ですか? それは早く行かないと……」
「気にしなくてもいい。あれは望んでそこにいるんだろうし」
そして海外にいる父親の王子なアバターとイチャイチャして、喜んでいるに違いない。実家でよく見る甘々な光景を思い浮かべ、げんなりとした表情をする一樹。
しかし呼び出しには応じようと一樹は考えていた。このゲーム内では父親に色々と助けてもらっているからだ。母親にも助けてもらったし、ちゃんと礼を言うべきだろう。
そんなことを考えているギルマス一樹の前で、ステラはなぜか落ち着きがなくなり、指先で空色のポニーテールをもてあそびはじめる。
「あの、よろしければ、私も本部に伺うことは可能ですか?」
「ん? 王城に行きたいのか? そういや、ステラを本部の中まで連れて行ったことはなかったか」
「はい……」
「わかった。俺も本部で聞きたいことがあるから、今から行くぞ」
「ありがとうございます!」
「お、おう」
なぜ礼を言われたのか分からない一樹は、ステラの機嫌が良くなったのを見てほっとしていた。
花と緑に囲まれたエルフの国。
その中央にある神殿は今、赤子の愛らしい笑い声がたえず聞こえている。神官たちは赤子のために神殿内を駆け回り、機嫌とりにてんやわんやの有様だった。
彼らの神であるオリジン・エルフから託された子である。しっかり世話をしようと神官長のプラノを筆頭に、神官たちは気合いを入れていた。
その騒ぎの外側で、見かけは大人の精霊王たち二人はのんびりとくつろいでいた。
『もしや、腕輪のせいかのう』
『腕輪のせい?』
『火の、おぬしもあの人の子から火の精霊の気配がしたと言っておったろう』
神殿の庭園にある東屋で、緑色の着物でしどけなく座り優雅に茶の香りの楽しむ風の精霊王は、隣でケーキをつつく赤銅色の髪をもつ青年についと視線を送る。
まるで己の鍛え抜かれた胸筋を見せつけるかのように、火の精霊王は胸を張って答える。
『そうだ。あの娘から火の属性を感じたのは間違いない。それよりも……』
『それよりも?』
『もう一人の黒髪の娘、火の属性を強く感じるぞ』
『ほう……』
風と火の精霊王の視線の先にいるのは、エルフの神官たちに囲まれたミユとアイリだ。
数日ほど神殿を留守にするオリジンは、申し訳なさそうにミユへ赤子な土の精霊王を託していた。赤子がミユにしか懐かないその理由は、もしやオリジンがミユへ贈った腕輪ではないだろうかと風の精霊王は考えていた。
ふと大地の揺らぎを感じた風の精霊王は、火の精霊王に「飛ぶぞ」と声をかける。
突然、地面の上の影が色濃くなったかと思うと、黒くどろりとした何かが染み出てきた。庭に出て赤子を抱いているミユの近くにいたアイリとプラノは緑の光に包まれたかと思うと、空高く飛ばされていった
朱色の衣に火花を散らし、空飛ぶ人たちの中に入った火の精霊王は、いつになく真剣な表情をアイリへと向ける。
『おい、そこの娘! 手伝え!』
「えっ? なにっ? なにを?」
『ここを、こうこう、こうする』
「うえええっ!?」
火の精霊王はアイリの後ろから腕をまわし、剣を握る彼女の手に自らの手を重ねる。相手がゲーム内のNPCとはいえ、兄以外の男性からここまで密着されたことがないアイリは軽くパニックを起こす。
『ほら、剣を依り代として火の力をおろしてやるんだ』
「よりしろ?」
『お前を守ろうとしている火属性の何かがいるだろう。そいつをここに入れてみろ』
あまりにも抽象的な火の精霊王の言葉に、よく分からないままアイリは「えい!」と気合いを入れる。すると、刃の部分から大きな炎が出てきた。
「熱っ……くない?」
『お前が自分の力だと意識して使えば、それがお前を傷つけることはない。黒いアレも斬れるぞ』
「マジで? やった! お兄さんありがと!」
アイリは双剣を構えなおし、緑の光から勢いよく飛び降りる。
ぶわり、ぶわりと剣から火花が散り、彼女の整った顔を明るく照らしていく。
「アイリ!」
ミユの悲鳴のような叫びが響く。
落下するスピードにのったアイリは、地面に広がる黒い池に体ごと突っ込んでいった。
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