109、報告と放置と回収(赤毛のギルドマスター)


 いつもならログアウト後にすぐ機体から出る一樹だが、さすがに今回は蛍光ピンクな液体の中で頭を抱えていた。

 まさかエルフの習慣に、腕輪を贈ることがプロポーズみたいなものとは……と、頭の中をぐるぐるさせながら一樹は深い深いため息を吐く。


「やってしまったものは仕方がない。今のところ、彼女に知られていないようだし……」


 ここは美優の友人である妹の力を借りるべきだろう。

 そしてその代償として自分は何を差し出すことになるのかと、ぶるりと震えた一樹は未だ自分が全裸であることに気づく。


「よし、シャワー浴びて、気持ちを落ち着かせよう。そうしよう」


 長時間ログインしていたせいか、一樹の思考能力は著しく低下していた。

 体調は悪くないはずだが、精神的に疲れているのだろう。赤子である土の精霊王をどうすればいいのか、上司の相良に相談する必要もある。


 赤子は、なぜかミユ以外が触れるのを拒否している。他の王級精霊が近づけば属性の反発を起こしており、どうやら火の精霊王が水の精霊王と仲がいいのは特例のようだ。

 いや、精霊王が受肉して人と同じような存在になったことも特例といえるだろう。

 熱いシャワーを浴び、つらつらと考えていた一樹はさっぱりとした頭で気合いを入れる。


「よし。まずは優先順位の高いところから、ひとつずつ処理していこう。まずは相良さんに報告だな」


 きりりとした顔のままドアを開けた一樹は重要なことに気づき、そのまま静かに閉める。


「服は着ておこう」







 自分の席で一樹を出迎えた相良は、ニヤニヤとした笑いを浮かべていた。

 小さく息を吐いた一樹は、これまでのことをまとめて報告をする。


「なるほど。謎の黒い何かを追うのに土の精霊王の力を借りようとしたけど、生まれたての赤子だった。そこから成長させてってなると……」


「まぁ、どれくらいかは不明ですが、時間がかかると思われます」


「そうよねぇ……」


「あと、俺にしか……ええと、限られた人にしか懐かないんで、つきっきりで面倒をみる必要があるかもです」


「森野君とラブリーミユちゃんに限って懐いているとか。あはは、もう夫婦じゃん、あはは」


「……ログを見たんですね」


「そりゃ見るわよ。森野君の報告との付け合わせをする必要があるし」


「本音は?」


「毎回、森野君が面白すぎる騒動を巻き起こすもんで、必要以上にログを確認しちゃってますテヘペロ☆」


「テヘペロは古いですよ。じゃ、俺はちょっと休憩してから仕事に入りますねー」


 腹が減ってはゲームができぬと、一樹は相良との話を切り上げて食堂へいくことにする。

 後ろで「え、古いの? テヘペロって古いの? ねぇ、ねぇってば!」と声が聞こえてくるが、疲れている一樹は爽やかに放置するのだった。







 聖王国、王都での大規模イベントがあると噂されていたが、いよいよ日程の告知がされた。

 プレイヤーたちは大いに湧き立つ。

 イベント終了後、新たなフィールドが解放されるという情報が開示されたのだ。


 王都中心付近に位置するハンターギルドには、今日も今日とて依頼を受けようとする多くのプレイヤーたちが詰めかけていた。

 受付業務のリーダーである男性ギルド職員コウペルは、目が回るような忙しさの中でも周囲に注意を向けている。

 女性職員を口説こうとする男性ハンターを牽制し、虚偽の報告をしようとするハンターを別室に連れ出しハンターとしての活動を休止させ、やたらガタイの良いイケメン赤毛な男性の色香で、腰くだけになる女性たちを介抱したり……。


「え!? ギルマス!?」


「おう、久しぶりだなコウペル」


 隻眼の目を細めニヤリと笑う美丈夫に、コウペルは思わずすがりつく。


「もう! もうどこに行っていたんですか! 補佐のステラさんが大変なことになっているんですよ!」


「大変なこと?」


 急ぎ執務室へ向かおうとするギルマス一樹に、さらに強くコウペルがしがみつく。


「ちょっと待ってください! あの、ここにある書類を片付けてからにしましょう!」


「……これを、か?」


 外からは見えないが、受付カウンターの内側に大量の未処理案件の書類が積んである。思わず冷や汗を流す一樹に、コウペルは弱々しく微笑む。


「自分も手伝いますから、せめてこれだけでもやっちゃいましょう。緊急度の高いのを集めていたんです」


「……そうだな。これを処理してステラに持っていくことにするか」


 それでも怒られるのは決定しているのだろうと思いながらも、ギルマス一樹は猛スピードで仕事を片付けていく。


「あの……」


「なんだ」


「ギルマスは元ハンターなのに、事務仕事の処理がすごく早いですよね」


「鍛えられたからな」


「なるほど、さすがステラさんです」


 書類の扱いに慣れているのは、リアルでの一樹が過去に様々なバイトを経験しているからこそだ。しかしここは穏便?にステラのせいということにしておこう。

 書類の山を半分片付けたところで、コウペルに「ご武運を!」と声をかけられたギルマス一樹は、処理済み分を抱えて執務室へと向かった。




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