108、赤子とワンコと伴侶(オリジン・エルフ)



 神殿から出たオリジン一樹は、風の下級精霊の力を使い低空飛行で森に入っていく。

 赤子である土の精霊王に何かあれば、運営権限を使いすぐに知らせが入るようにしているが、それでも気が急いてしまう。

 目的地であるテントに辿り着いた一樹は、結界に異常がないことにホッとする。


「ハリズリ?」


 いつもなら主(あるじ)の気配を素早く察知するはずのハリズリが、テントの中から出てこないことに首をかしげながら一樹が中を覗く。

 そこにはお腹の部分を枕にされ、困ったように鼻を鳴らすハリズリがいた。

 土の精霊王は赤子特有のふくふくの頬を、ハリズリの柔らかな毛にうもれさせてスヤスヤと寝ている。暴力的なまでの愛らしさが極まった癒しの光景が、今のこのテントの中にあった。


「これ……は……」


「クゥン」


「ごめんハリズリ、少しだけ待って……!!」


 手早くスクリーンショットでこの癒される光景を数枚撮った一樹は、上司の相良に手早く業務報告称してメールを送れば数秒で返信が返ってくる。

 中身を確認せずとも、満面の笑みでサムズアップしている相良が見えた一樹はとりあえず満足し、クンクンと鳴くハリズリを赤子から救出してやった。








「エルフの神って、子持ち設定だったっけ?」


「オ、オオオオリジン様、その、その赤ちゃんは……」


 ステータス画面から公式サイトの情報を引っ張り出すアイリの横で、ミユはオリジンの抱く赤子を見て混乱状態だ。

 二人がまだ神殿に残っているとは思ってもみなかった一樹は、事前に確認しておかなかったことに後悔していた。

 一体誰が引きとめたのかと周りを見れば、プラノが申し訳なさそうな表情をしている。お前かとオリジン一樹は深い溜息を吐いた。


「ミユさん、この子は……」


『まっまー!!』


 満面の笑みを浮かべた赤子は、オリジン一樹の胸筋をぺしぺし叩き何かを催促している。


「ママ……オリジン様をママって……」


『まんまー!!』


「ご飯なの!? オリジン様の大胸筋はご飯なの!?」


「いやいやミユ、落ち着こうよ。そんなわけないでしょ」


「だって、だってアイリ!! こんな可愛い赤ちゃんだよ!?」


 混乱するミユに声をかけるアイリ。しかし今の彼女には言葉が届かないようだ。

 助けを求めるように一樹はプラノに視線を送ると、神に仕える有能な神官はひとり頷く。


「ミユ様、少しよろしいですか?」


「ふぇぇ?」


「ここに立っていただいても……そうそう、オリジン様はここに」


「私もですか?」


 頭上に『?』を飛ばしながら二人が並ぶと、プラノは満足げに微笑む。


「素晴らしいです。まるで三人家族のようですよ」


「さ、さささ三人!? ええええ!?」


「いや、だから、この子は……」


 一樹が説明しようとしても、やんややんやと盛り上がる周囲の人たち(精霊含む)は誰一人として聞く耳を持たないようだ。


『ふむ、なるほどのう』


 音もなくオリジン一樹の背後に現れた風の精霊王は、金茶色の髪をした赤子の頬をぷにぷにとつつく。


『庇護者につられたかは分からぬが、受肉しておるぞ』


「受肉?」


『うむ。人と同じような存在になっておるということじゃ』


 風の精霊王の言う人と同じとは、ゲーム内における人間と同じ存在になったということだろうか。一樹は腕の中にいるやわらかくあたたかな存在に目を向ければ、笑顔で『まんま!』と返された。


「この子は何を食べるのでしょうか」


『ふむ……精霊ならば自然に流れる「気」を取り込むのじゃが……』


『あー、ちょっといいか?』


 いつも暑苦しいくらいの火の精霊王が、いつになく弱気な様子でオリジン一樹に声をかける。飛び散る火花もおとなしめの弱火モードだ。


『俺、成人するまでは庇護者の世話になっていたんだが……』


『おお、そういえば火の、庇護者に育てられておったのう』


「風の精霊王の年齢って……げほげほ。火の精霊王の庇護者とは、どのような存在でしたか?」


『俺の場合は同じ精霊王が庇護者だった。水の、だ』


「水の?」


『成人するまで、俺は火属性であるにも関わらず、水の気を取り込んでいたと聞いた』


 なるほどと思いながらも、それでは今回の土の精霊王についてはどうすればいいのかがわからない。


「あの……赤ちゃんにこれはどうでしょう」


 オリジンの身につけた貫頭衣の端をくいっと引っ張るミユが、そっと差し出したのはミルク粥だった。

 いつの間に作ったのかとプラノを見れば、彼はいい笑顔で横にいる愛理と一緒にサムズアップしている。いつの間に仲良くなったのかと思いながらも、とりあえず食べさせてみる。

 スプーンですくい、そのまま口元に持っていけばミユに「熱いままあげるなんて!」と怒られ、結局ミユが赤子を抱いて粥を食べさせていた。


「オリジン様、やはりミユ様は特別なんですね」


「……特別とは?」


「私をはじめ、他の誰が触れようとしても土の精霊王様には拒否されました」


「ミユさんは土属性とも相性がいいのでしょうか」


「オリジン様……私も神官の端くれです。精霊と親和性が高い私よりもミユ様に懐くとは、やはり彼女は特別なのだと思います」


 そう話しているプラノは笑みを浮かべたままミユを温かい目で見ている。

 一樹は微妙な気持ちになっていた。なぜなら彼女は高校生であり、何かしらの感情を抱いて手を出したら色々危険であるからだ。

 赤子の抱いているミユの柔らかな表情に、一樹は思わず見惚れてしまう。


「さすが、オリジン様の伴侶様ですね」


「……ん? 誰のことを?」


「ミユ様は、オリジン様の伴侶様でしょう?」


「ん? どういうことです?」


「そのためにオリジン様の奥方用の部屋を、ミユ様専用にしたのですから」


「……プラノ、大至急」


「どうしましたオリジン様」


「大至急、撤回しなさい。今すぐに」


「撤回とは? 腕輪を送っておいて、ミユ様とは何も関係をもっていないとでも言うおつもりですか?」


「腕輪、ですか?」


「エルフの伝統ですよ。夫婦の誓いとして腕輪を送るというのは」


 そんな伝統、知るか!! バカヤローッッッ!!




 一樹の心の叫びは、誰一人として届くことはなかった。

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