60、王都へ(薬師、ギルドマスター)



 王都に着くと、一樹はミユとアイリのログを確認する。戦闘したことは分かるが、敵の名称が「キモ」や「ロ」などで今いち詳細がつかめない。

 一度ログアウトして色々と調べてみたいが、シラユキになっている精霊獣が王都に向かってきているため待つことにした。


「じゃあコトリさん、僕はこの辺で」


「はい、ありがとうございました」


「拠点も教えてもらったし、コトリさんの魔道具を買いに行くよ」


「店はいつでも開いているので、いつでもどうぞ」


 薬師の一樹が作った料理で元気になったコトリは、足取り軽く去って行く。「おお、体が軽い」と言っているのが聞こえ、一樹は苦笑する。


「あの人、本当に飲まず食わずでプレイしていたんだな。リアルでもここでも」


 リアルはともかく、ゲームの世界で食事をしっかりとれば攻撃の時のクリティカル率も上がる。生産職であるコトリならば、魔道具を作る際に失敗も少なくなるはずなのだ。


「それでも高機能のが出来ちゃうって、何か特殊なスキルでも持っているのかな……後で調べてみるか」


 薬師の姿の一樹はブツブツ呟きながら路地裏へと向かう。そこで一瞬でログアウトとログインをして、出てきたのは赤毛の美丈夫である。

 ミユとアイリが王都に到着し、ハンターギルドに向かっているようだ。視界の隅にあるウィンドウを確認した一樹は、体を伸ばしながら呟く。


「さーてと、ステラは怒ってんだろうなぁ」


 うんざりした顔で髪をかきあげる仕草で、やけに妖しげな色香を周りに振りまいているギルマス一樹は、通り過ぎる女性達の視線を集めつつハンターギルドへと向かうのだった。







 ふんわりと長いオレンジの髪をなびかせ、緑のローブに可愛いデザインのブーツを履いた治療師の少女と、ショートボブの黒髪をサラリと揺らし、スタイルの良い体を際どい衣装で引き立てている双剣士の少女。

 最近、ギルドの中でも注目されている美少女二人に、今日は新たな存在が共にいた。


「キュン!!」


「か、可愛い!! この子どうしたんですか!?」


「仔犬……にしては、ちょっと大きいかな? 狼さんかな?」


「真っ白な狼なんて、稀少な存在なんじゃ……え? この子から精霊の波動が……」


 ギルドの中にいたプレイヤーやギルド職員たちが集まってくる。シラユキを抱いていたミユは、思わず隠すようにアイリの後ろへと回る。


「いいじゃない。触らせてよ……痛いっ!!」


 一人の女性プレイヤーがミユに向かって手を伸ばすと、バチンと火花が飛び散った。

 驚くミユとアイリの前で、その女性の顔が怒りのせいでみるみる赤くなっていく。


「この、ケモノがぁ!!」


 彼女が武器に手を伸ばしたのを見て、反応したアイリは無手のまま防ごうとする。聖王国では、ギルドの中で武器をとった者は処罰されるという「法律」がある。

 知らないということでは済まされない。それが法律だ。


「武器はダメ……!!」


 ミユはシラユキを庇い、抱きしめたまま相手に背を向ける。そんな美少女二人と攻撃しようとする彼女の間に、水色の影が飛び込む。


「アイスウォール」


 よく通るその一声で室温が一気に下がる。武器を取ろうとした彼女は、突如目の前に出た氷の壁に鼻をしたたか打ち付けて悶絶している。


「ステラさん!」


「助かった……ギルド職員なら、ある程度は許されているんだね」


「ちょっと後片づけが大変そうですが、それはそこの赤いデカブツにやってもらいましょうか」


「デカブツとは酷いな。久しぶりに会ったってのに」


 集まった人々が自然と横にずれて出来上がった道。そこを悠々と歩く彼の姿は、いかにも歴戦の強者といった様子だ。赤毛をかきあげる仕草に、方々の女性から熱い吐息が漏れている。


「守ることは偉いことだけどな、自分もちゃんと守ってやれよ」


 そう言ってミユが抱いているシラユキに手を伸ばすギルマスに、思わずアイリが制止する声を上げるが今度は何も起きない。

 赤毛のギルマスは白いモフモフを片手で乱暴に掴むと、自分の頭に乗せて奥へと歩いて行く


「え、あ、あの?」


「その子をどうするの?」


「お二方とも、奥へとどうぞ」


「それよりも、氷魔法を片付けなきゃ……あれ?」


 ミユが後ろを振り返ると、すでに氷は無くなっている。鼻を押さえて涙目の女性は、他のギルド職員に取り押さえられていた。


「ギルマスは火の力を使うのが得意なんですよ」


「そうだったんですか。……あの女性は?」


「武器を抜く前だったので、厳重注意で解放ですね。まぁ、私が魔法を使わずとも、アイリさんが抜かせなかったでしょうけれど」


 ステラの物言いにアイリは苦笑する。自分がやるよりもギルド職員が処置したほうが後々面倒がなくて良いのだから、助けられたのはアイリの同じなのだ。


「それで? 私達もお説教?」


「いいえ、ギルマスにお話があるのでしょう?」


「ええ!? 何でわかるんですか!?」


 ポニーテールにした水色の髪を揺らし小首を傾げるステラに、ミユは驚いて声を上げる。アイリはそんなミユの肩にぽんと手を置く。


「ミユ、今のはカマかけただけだと思うよ」


「ええ!? そうなんですか!?」


「なんとなくそう思って口に出しただけなのですが、ミユさんがしっかりと肯定されましたね」


 珍しくクスクスと笑うステラに、思わずミユとアイリは見惚れる。普段はメガネをかけているクールビューティーなステラは、とても柔らかな笑顔を持っていたのだ。これはレアだと美少女二人も嬉しそうに顔を見合わせる。

 アイリはステラに向かって話す。


「まぁ、ステラさんなら知られてもいいかな。私達が襲われた変なモノが、他のハンターを襲っても大変だし」


「ステラさん、ギルマスさんに急いで報告したいことがあるんです」


「緊急事態かもしれませんね。奥の執務室へどうぞ」


 そう言って駆け足で奥へと向かったステラを、ミユとアイリも追うのだった。



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