閑話、ステラの気持ち



 私の朝は早い。

 いや、早いというよりもハンターギルドは基本年中無休、一日中開けていないといけない。一体誰が決めたのかというと、国が関わっているため文句も言えない。


「補佐、この書類の確認お願いします」


「受付で暴れている輩がいますぅ、どうしたらいいですが補佐ぁ」


「ギルマスはいつ頃戻られますか? 面会の方がいらっしゃってて……」


 今日も出社すると同時に次々と私を呼ぶ声。思わず吐きそうになったため息を押し殺し、私は背筋を伸ばす。


「書類は急ぎじゃなければ執務室に、急ぎのは今受け取ります。受付では貴女が可愛らしく助けを求めれば、他のハンターが対応してくれます。面会の方には私が会いましょう」


 私が一気にここまで言うと、ギルド員たちは納得したのか散っていく。こういうのはいちいち対応していると仕事が滞るため、私じゃなくても出来るような仕事はどんどん回すことにしている。

 ちなみに、助けを求めれば対応するであろうハンターの存在は把握済みだ。一歩間違えたら犯罪者にもなりそうだが、受付の彼女を一途に想う男性ハンターだから、必ず助けてくれるだろう。


「それに、いざとなればギルマスが用意していた結界魔法が発動しますからね」


 このギルド内で脅威になりうる力が振るわれれば、その力を抑える結界が発動するようになっていると、自分の上司である赤毛のギルドマスターから聞いている。


「どういう人事かは分かりませんが、うちのギルドは当たりを引いたようで何よりですね」


 そう呟きながら、私は勝手知ったるギルドマスターの執務室へと入る。人の気配はしなかったので、決済箱に置いてある書類を手に取り確認する。それが私の日課でもある。

 前任のギルマスもそうだが、基本的に彼らがギルドに常駐していることはほとんど無い。なので姿を見せた時、可能な限り重要かつ緊急の書類を決済させることに、最大の力を入れる必要がある。


「まったく……今日も不在ですか」


 そうは言ったものの執務室に置いてある書類は少ないのを確認した私は、自分の頬が緩むのを感じていた。

 現ギルマスは不在にしてても日に一回は執務室に顔を出しているらしく、置いてある書類は必ず彼の目が通っているのを私は知っている。これは本当にありがたいことなのだ。


「補佐、いらっしゃいますか? 面会の方を連れてきました」


「どうぞ」


 ギルマスに面会を依頼していたのは、冒険者がよく集う酒場の店員だった。豊満な胸を強調するかのようなデザインの服に、しっかりと化粧を施され整った顔には挑戦的な笑みを浮かべている。

 なぜだろう、喧嘩を売られている気持ちになるのは。やはり胸の差か。男にとっての正義とは巨乳のことなのか。


「こちらのギルドマスターは不在とのことだけど、補佐である貴女に対応してもらうってことかしら?」


「ええ、そうなりますね。うちの者がお世話になっているようで」


「あらん、そんなこと無いわよ。ギルマス……いえ、赤毛さんには贔屓にしていただいているの。こちらからたっぷりとお礼をしなきゃダメよね。うふふ」


 艶やかに微笑む彼女に対し、私の心の中で、何ともいえないモヤモヤとした感情が湧き起こる。それでも表に出さないようにし、あくまでも『ギルド員』として対応する私。

 それでも……かの方は目の前にいる色気溢れる女性と、なんらかの関わりがあるのだろうか……。


「えーと、ギルドマスターの補佐の……」


「ステラです」


「そうそう、ステラさんね。ダメよ、そんな顔していたら」


「顔、ですか?」


「ええ。私をギルマスさんの恋人とか、そういう関係だと思ったんでしょう?」


「ええ、まぁ、ギルマスも男ですから」


「それがダメだっていうの。まったく、本当に彼といいステラさんといい、交渉しづらいわねぇ」


 やれやれと首を振る彼女のことを、私はキョトンとした顔で見る。


「もっと異性に慣れておかないと、色仕掛けで迫ってくる交渉相手に苦労するわよ? 仮にも上にいる立場の人間が、この程度の色気でブレてちゃダメじゃない」


「た、確かに……」


 苦笑する酒場の女性は、先程よりも素の表情を見せている。その方が好感持てると私が言うと、またダメ出しされてしまった。


「そうそう私が持ってきたのは、赤毛ギルマスさんご所望のリストよ」


「魔道具を作った、作者のリストですか?」


「あら、ちゃんと伝えてあるのね。そう、そのリストからちょっと変わってる名前が出てきたの」


「変わってる? 魔道具を作るような変人は『変わってる人』としか言いようがないと思いますが?」


「あはは、確かにね。でも、とりあえずこういう人がいたってことを知らせようと思って」


 それまで艶やかな笑みを浮かべていた女性は、表情を消して私を真っ直ぐに見てきます。自然と伸びる背筋をそのままに、私は真摯に彼女へと向かい合います。


「聞きましょう」


「知ってる? 『クロキモノ』っていう名前」


「聞いたことはないですね……、ですが、その名がギルマスと関わりあると?」


「直感ってやつだから、あまり信用しなくていいわよ」


「いえ、情報提供に感謝いたします」


 執務室で一人になった私は、自分の空色の髪をまとめ直して高い位置で結う。ギルマスが一体何と立ち向かっているのかは分からない。しかし、自分が彼の補佐であるかぎり私は今、しっかりと彼を支えることが一番大事な事だと思った。

 思い浮かぶのは赤毛の髪を掻き上げ、私に男くさい笑顔を見せる彼。

 鍛えているであろう、その体を惜しげもなく見せる薄着状態の彼。


「いけない。今は抑えておかないと」


 何をとは言わないのですが、なぜか最近上司であるギルドマスターのことを考えると心臓が痛くなる。鼓動も早い。もしかしたら、何かの病気かもしれない。


「とにもかくにも、帰ったらギルマスはお仕置きですね」


 何がとは言わないが、ここはしっかりとお仕置きが必要だろう。女性を引っかけるにしてもあのような百戦錬磨ではなく、可憐で優しい女性であってほしいと思うのは……。


「私のエゴですかねぇ……」


 その後、ギルマスが使役してる赤毛の狼を抱っこしている現場に居合わせた私は、もう人生に一片の悔いなしとばかりに天に向かって拳を突き上げるのだった。


 ごちそうさまでした!!


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