97、上司と不機嫌な獣(森野一樹・オリジン)
「おーつかーれちゃーん!」
「…………どうも」
緊急イベントと称した火の精霊王救出から数時間後、一樹はどこかスッキリとした表情で上司に報告にきた。しかし彼を待っていたのは満面の(意味深な)笑みを浮かべた上司だ。
彼女のデスクには、なぜか肌色が多い画像データが出力された紙が数枚置いてある。
「なかなか良かったわよ。温泉も湧いたし!」
「あの、そこに置いてある画像……」
「人気のあるオリジン様も、無事お仕事してもらえたしね!」
「ちょっと、それ……」
「運営権限でミユちゃんの水着画像をスクショしてあるけど」
「ください」
「何言ってるの。あるわけないでしょ」
真顔になる上司に向けて、思わず一樹は舌打ちしそうになる。いや、運営だとしてもそういう隠し撮りのようなことをしてはいけない。
ちなみに相良の机に置いてある紙は、オリジンの水着(?)が様々な角度から撮られている画像だ。
後で没収しようと決意した一樹は、仕事モードになり報告を始める。
「レポートにも入れましたが、今回の緊急イベントで救出した火の精霊王の件ですが……」
「海のイベントを入れようとして、トカゲの魔獣を多く配置した弊害ってところね」
「いや、そういうのって運営がコントロールできないんですか?」
「これもシステムもバグのようなものって言えば分かるかしら。起こるべくして起こったことではあるみたいね」
「王級の精霊が世界から消えたら……」
「ある種の大規模なバグが起こることになって、世界が半壊くらいはするわね。王級復活させる方法はあるけれど、一から育て直す必要があるみたい」
「そうですか……って、今回かなりヤバかったんじゃ?」
「結果オーライだけど、さすがに魔獣を一気に増やすのはやめるように進言しておいたわ」
笑顔の相良は軽く言っているが、目は笑っていない。次にまた「そうなった」時のことを想像したくないなと一樹は乾いた笑いを浮かべる。
正直、今回のトカゲ討伐は体力的にもキツく、残業時間がすごいことになっていると一樹は遠い目をしながら続ける。
「オリジンとして情報を集めるため、王級の精霊と契約をとっています。世界中にいる精霊から『黒』の出没する場所が分かればいいと思いまして」
「システム上、いくら探しても『黒』の痕跡がつかめないのよね。ミユちゃん……前みたいな事件も起きていないし。気になるけど王都でやる大規模イベントもあるから、そっちの準備にかかりっきりになりそうなの。申し訳ないけど、森野君にお願いしてもいいかしら」
「結果を出せるかは分からないですけど、できる範囲でやりますよ」
「それでいいわ。ありがとう」
最初ののテンションとは打って変わって、相良は穏やかな笑顔で礼を言った。
真っ白な石造りの部屋で、天蓋付きのベッドから起き上がったオリジン一樹は、枕元に用意されていた服を手早く身に付ける。
すると見ていたかのように、お付きの神官プラノが部屋に入ってくるのが天蓋の中から分かった。
「お帰りなさいませ、オリジン様」
「ただいまプラノ。何事もなかったようですね」
「いえ、少々問題が……」
天蓋の布を開けたプラノの手には、白いモフモフが見える。いつもなら駆け寄ってくるはずのモフモフが自分の手元にないことに気づいたオリジン一樹は戸惑ってしまう。
「問題とはシラユキですか?」
「はい。オリジン様が火の精霊王様の元へ行かれて、途中でシラユキ殿だけここに戻されましたよね。それからすっかりこのような状態に……」
プラノの腕の中で顔を隠し、すっかり拗ねてしまったシラユキ。しかし残念ながらお尻は丸見えである。
「シラユキ?」
「…………」
いつもならかわいい鳴き声をあげて駆け寄ってくるシラユキなのにと、オリジン一樹は悲しげに眉を寄せる。
「シラユキ、あの場所は危険で……」
オリジンの甘く優しい声に、シラユキの尻尾が一度だけ揺れる。
「お前を大事に思っているからなのですよ?」
ゆっくり揺れるモフモフな尻尾を見て、プラノはそっとオリジンの手にシラユキを渡す。シュンと垂れた耳を優しく揉んでやり、顔を見ればシラユキは上目遣いでオリジンを見上げる。
「拗ねているのもかわいいけれど、いつものように元気に駆け回るお前が一番愛らしいよ」
「キュゥーン」
「許してくれる? ふふ、くすぐったいよシラユキ」
頬を舐めるシラユキを笑顔でたしなめるオリジン。その図になぜかプラノは微妙な表情だ。子供の精霊獣への態度というよりも、拗ねる恋人に向けたもののように見えたのだ。
それはともかくと、プラノは報告を続ける。
「オリジン様、精霊王様たちが神殿の庭園にいらっしゃってます」
「もてなしてくれたのですね。ありがとうプラノ」
「いえ、仕事ですから……」
エルフの国にある神殿は、エルフの神オリジンの力によって精霊たちが居心地よく過ごせるようになっている。今代のオリジンが目覚めるまで精霊たちは世界の各所に自分の居場所を作っていたが、徐々にこの神殿に集まりつつある。
しかし、精霊王ほどの力のある精霊は誰かと契約することによって動けるようになるため、火や水のように場所まで迎えに行かなければならない。
「王級精霊がどこにいるのか、分かるのは同じくらいの力を持つ精霊だけですからね」
「オリジン様……」
「エルフの民を、人々を脅かす存在を見つけるには、精霊たちの力が必要です」
プラノも『黒』の影響で深い眠りに陥ったままになってしまったことがある。そのこともあり、オリジンの活動を支援しているプラノだが、神であっても彼の身に何かあったらと心配していた。
「どうか、ご無理はなさらず」
「大丈夫です。私だけではないですからね」
「キュン!」
すっかり機嫌を直したシラユキのひと鳴きに、笑顔になる二人だった。
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