98、土の精霊王はどこに?(薬師・オリジン)



 目が隠れてしまうくらいに伸びた茶色の前髪の男は大きなリュックを背負い、慣れた様子で岩場を歩いていく

 彼の履いている革製のブーツは、滑りやすい場所でも足元を柔らかく支えてくれていた。


「ハリズリ、土の精霊を見つけたら教えて」


「ワウ!」


 男の髪に似た茶色の毛並みを持つハリズリは、柴犬によく似た精霊獣だ。土と水の属性と相性がいいため、今回の旅では役に立ってくれるだろう。

 一樹が持つ三つ目の運営NPCである『旅の薬師』、この姿であればどの場所にいてもおかしくはないだろうと一樹は考えている。

 先日の緊急イベントでの一件ではオリジンの姿で出歩いたのだが、エルフの神の姿は目立ちすぎて、自由に探索できないことが分かった。

 オリジンならば特定の精霊を探すのが楽になるが、遠出するのには支障をきたす。神ともなると、神殿から出るだけでも大騒ぎになってしまうのだ。


「ハリズリ、この山にも土の精霊と話せない?」


「ワゥン…」


 呼べば出てくる土の精霊だが、黄色の光は小さく言葉が分からないようだ。


「違う山に行こうか。もう少し頑張れる?」


「ワウワウ!」


 元気よく吠えて尻尾を振るハリズリの頭を撫でてやった一樹は、リュックを背負い直すと再び歩き出した。








 エルフの国にある神殿に集まった精霊王たちから『黒』の情報を集める中で、一樹は奴らが逃げる時に砂のようになったり液体のように地面に染み込んでいったことを話した。

 それならば土の精霊王と契約すべきだとアドバイスを受けたのだが、どこにいるのかと聞いても彼らの答えは『分からない』だ。


「王級の精霊のことは分かると思っていましたが……」


『悪いなエルフの神! 普通なら分かるんだが、土の精霊王は理由があって居場所が分からないんだ!』


 まったく悪いと思っていないような明るい声で、火の精霊王は赤銅色の髪から火花を散らしながらハキハキと話す。なぜか水の精霊王の膝にのせているが、精霊には性別がないのだからとオリジン一樹は考えるのをやめている。


『すまぬ。今の土のは王級になったばかりでな。力が安定するまでは世界に存在を出さないのだ』


『水は綺麗な水がたくさんあるところ、火は火山というように特定できることもあるけど、土はどこにでもあるから……』


 申し訳なさそうに言う風の精霊王の言葉を、頬を赤くしたままの水の精霊王が補足する。横でケーキを頬張っている闇の精霊王は頬いっぱいにした状態でコクコクと頷く。


『土に強い……精霊獣……連れていけばいい』


 言葉の合間に菓子を頬張る美少女。一樹はどこまで大きくなるのか見ていると、彼女がゴクリとひと飲みすれば頬袋は元どおりの大きさになっている。謎である。

 アドバイス通りにするなら薬師モードの時に連れている精霊獣にすべきだろう。あのNPCならば動きやすい。


 テーブルを囲む美丈夫の膝には美青年、着物姿の美女にゴスロリファッションの美少女というカオスなお茶会だったが、有能な神官プラノは臆することなく茶菓子などを取り分けている。

 精霊王たちを彼だけに任せるのは申し訳ない気持ちになるが、しばらく耐えてくれと一樹は心の中で手を合わせていた。







「ワウッ!」


「ハリズリ、何か見つけた?」


 くるんと丸まった尻尾を振って、西の方角に向かって吠えているハリズリ。運営の地図データを呼び出した薬師の一樹は、ガラス板のような画面を操作し現在地周辺を検索する。


「地図だけじゃ精霊の動きまでは分からないよな」


 火の精霊ならば熱感知などで分かりそうだが、土に関しては精霊を感知するスキルのみが有効だ。犬並みの嗅覚と精霊獣という存在であるハリズリならば見つけてくれるだろうと一樹は期待していたが、吠えている方角にあるのは砂漠だった。


「砂漠か……」


「ワゥン!」


 自信満々といった様子のハリズリだが、砂漠にいる魔獣はかなり高レベルであり、旅の薬師モードの一樹が単独で向かうのは危険だ。


「王都近辺でしかレベル上げしていなかったからなぁ……どうしようかなぁ……」


 王都に戻りギルドで助っ人を頼むにしても、彼の探しているのは土の精霊王だ。しかも力が安定していないという話であり、何が起こるか分からない危険な状態なのかもしれない。


「うーん……」


「クゥーン」


 思わず座り込む一樹に、ハリズリが悲しげに鳴いてすり寄ってくる。あごの下の白い部分の毛をモフモフして癒されていると、目の前の草むらがガサガサと音を立てて揺れた。

 慌てて立ち上がる一樹。


「え!? 警戒に引っかからなかった!?」


「クゥン?」


 ご主人の慌てた様子にハリズリは首を傾げる。警戒の網にかかっていないため、一樹が何に驚いているのかが理解できないのだ。


「ふぅー、やっと見つけたー」


「はい?」


 橙色のポンチョに、クリーム色のチュニックとショートパンツ、茶色の膝丈ブーツという姿の女性プレイヤーが草むらから出てきた。

 思わず間抜けな声を出してしまった一樹だが、彼女をどこかで見たことがあるような気がしている。

 肩までの黒髪、茶色の大きな瞳、たゆんと揺れる大きな……。


「ま、まさか……」


「えへへ。来ちゃった」


 そう言うと妹の愛梨によく似た笑顔で「テヘペロ☆」としている彼女に、一樹は思わず大地に膝をつく。


「何やってんだよ……親父は……」


「お父さんが動けないから、お母さんが来ちゃったのー」


「親父に止められなかったのかよ……」


「なんか言ってたけど、せっかくゲーム買ったし、いっくんのお仕事見たかったしー」


「つか、なんで俺だって分かるんだよ……」


 疲れたように呟く一樹に、彼女はふわりと微笑んで言った。


「そりゃ、いっくんの母親だもの!」


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