8、子犬と食事と町エルフ(オリジン・エルフ)

「あ、これ天国だ」


 リアルでいうところの「人をダメにする」ような大型のベッドから身を起こそうとした一樹は、白いモフモフの生き物が腹の辺りに乗っているのに笑みがこぼれる。


「お前、寝室に入ったらダメだって言われてただろう?」


 そう言いながらも一樹の手は自らの腹に乗っかるモフモフな生き物を早速堪能しはじめていた。白い子犬のような魔獣の子はまだまだ甘えたい盛りなのか、彼の胸元に鼻を寄せてクンクンと匂いをかいでいる。


「とりあえず側に置いてていいらしいから、名前をつけるか……シラユキってのはどうだ?」


「キュン!」


「そうか、気に入ってるみたいで良かったよ。……ええと」


 起き上がった一樹は、子犬を高い高いするようにしてじっと見る。


【精霊獣……シラユキ、0歳、オリジン・エルフの眷属(100/100)】


「魔獣じゃないのか……それとも眷属化して変わったとか? 後で相良さんに言ってログ見せてもらえば分かるかな……」


 ひとしきり撫でさすって満足した一樹は、勝手知ったるクローゼットにある貫頭衣を手にとって身につける。プラノは短めの貫頭衣に白いズボンだが、一樹のところにはこの肌触りの良い白い貫頭衣のみだ。ちなみに下着は短めのフンドシのような作りで、色々な意味で下半身が心許ない。


「NPCだから激しい動きはしないだろうけど、これ普通のプレイヤーだったらキツいぞ」


 服を着た一樹に早速寄ってきた緑の光の下級精霊。「あまり服をまくらないでくれよ」と言うと、ズルズル引きずる裾だけをふわりと持ち上げてくれている。腰まである銀髪は適当に結わえ、再び子犬を抱き上げた。

 そういえばプラノが遅いと思った一樹は寝室を出ると、隣接されている応接室内をバタバタと駆け回る美少年と美青年に遭遇する。


「プラノ、ルト、何かありましたか?」


「オ、オリジン様! 実は……ああ!! お前!!」


「寝室に入っていたのか!!」


 どうやら彼らは子犬……シラユキを探していたようだ。それは魔獣の子に対するものではなく、守るべきものに対するような言い方で一樹は嬉しくなる。


「ありがとうプラノ、ルト、この子はシラユキという名をつけたんです。仲良くしてやってくださいね」


「は、はひ!」


「はっ、良い名です、ね」


 満面の笑みを浮かべている一樹にヤられたプラノとルトは、同時に真っ赤になり固まる。信奉者にとって神と同等である彼の存在は一体どのようなものなのか。

 一樹は複雑な気持ちになりながらも、シラユキを抱き直してソファに座る。我に返ったプラノは慌てて何かを取りに行き、ルトはシラユキを預ろうかと申し出るがそこは大丈夫だと言っておく。午後のログインの目的は、八割がモフモフすることなのだから。彼にとってモフモフすることは最重要事項である。


「それにしても、いつのまに寝室に……」


「シラユキは私の眷属なので、そのせいかもしれませんね」


「オリジン様、お茶は飲まれますか?」


「ありがとう、プラノ」


 どうやらしばらく部屋から出ないとみて、お茶を用意してくれたらしい。出来る子プラノに礼を言うと、一樹はゲーム内で初めての飲食をする。

 一樹の前に出されたのは紅茶とスコーンだ。ゲーム内の世界は食材や料理名はリアルとそれほど変わらない設定となっているかと思いきや、これは料理や農業を極めようとするプレイヤーが作り出したものだ。プレイヤーが新しいものを作って世に出すと、それは世界に広まり作物や料理が作られるようになる。それによって得られる称号やアイテムがあるため、戦わないプレイヤーたちも独自の楽しみ方ができる。

 鼻腔をくすぐる紅茶の良い香りを楽しみつつ一樹は紅茶をすすり、スコーンを丁寧にナイフとフォークで切って口に入れる。


(これ、美味い! スコーンもしっとりサクサクしてる!)


 紅茶の味など分からない一樹だが、プラノの腕が良いのか茶葉が良いのか香りも味も楽しめるものだった。

 一樹の様子を心配そうに見ていたプラノはホッとしたように小さく息を吐き、ルトもそんなプラノに「良かったな」と微笑んでいる。

 シラユキは子犬のように見えるが何を食べるのかと考えていると、膝にいたシラユキは一樹の手をペロペロと舐めて満足げに「キュン!」とひと声鳴いた。


「シラユキ殿はオリジン様の力を得て空腹を満たしたように見えます」


「我らの力では、シラユキ殿を満たすことができないでしょう」


 それならば自分の側に置いておけば心配ないかと、一樹はホッとしつつキュンキュン鳴くモフモフをそっと撫でてやる。するとプラノが口を開いた。


「オリジン様、神殿内のエルフとは交流できたかと思われます。次は町のエルフたちにもお姿を見せていただくことは可能でしょうか」


「プラノ、オリジン様はお目覚めになってまだ間もない。まだ良いのでは?」


「あの、実は町長からの要望でして……オリジン様を神殿が独占しているのではと言う噂が流れていると」


「なぜそんなことに?」


 一樹は首を傾げる。町にいるエルフのNPCたちは、彼が初回ログインする前から稼働していた。そこに『オリジン・エルフ』が目覚めるという情報も流れていたのだ。

 それを楽しみにしている彼らは、目覚めのアナウンスと同時に来ると思っていた一樹が神殿にこもっているので、何かあったのではと考えたようだ。


「なるほど。それならば町にいるエルフたちが、神殿と共にある我らと感覚が違うのは当たり前か」


「そうでしたか……では今から向かいましょう」


「シラユキ殿はどういたしましょう?」


「連れて行きますよ。眷属、ですからね」


「キュンキュン!!」


 一樹の言葉に応えるように鳴くシラユキを、笑顔で撫でるその様子にプラノとルトは何とか頬を染める程度で耐えた。どうやらNPCとして演じる一樹の仮面が、子犬の前では剥がれてしまうようだ。しかしそれは思わぬ効果を生んでいる。

 一樹は気づいていないのだが、神殿内のエルフの好感度が軒並み上がったのだ。一見冷たく見える彼の表情は、シラユキと共にあるときは優しく温かくなる。

 リアルの一樹もそれは同じで、家族や親しい友人以外からは冷たい人間だと思われている。整った顔を持ってはいる人の表情が乏しいと非常に冷たく見えるのだ。

 それに気づかない一樹ではあったが、シラユキのおかげでゲーム内では「優しいオリジン・エルフ」だと思われるだろう。


「じゃあ、行きましょうか二人共」


「はい!」


「護衛はお任せください」


 こうしてエルフの神は、神殿の外である町にデビューすることとなったのである。



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