7、上司・相良に現状報告する
採用面接を担当していた相良は、契約書を交わした瞬間に話し口調がガラリと変わった。最初の丁寧な口調は、あくまでも「客相手」にしか使わないらしい。
彼女曰く「社員になったら客にはならないでしょ?」とのことだった。一樹はなぜか騙されたような気分になったが、人それぞれだと割り切ることにする。むしろ今の方が彼女らしいと思ったというのもある。
ドアに貼ってある『運営NO.14(相良チーム)』というプレートを見て、運営だけでもたくさんチームがあるのだと思いながら作業部屋に入る。
「すいません相良さん、今から昼休憩とります。何か不具合とかありますか?」
「特に無いわよ。問題なし。順調ね」
ものすごい勢いでキーボードを叩いていた相良は、一樹の声かけに対しパソコンを操作しながら素早くログ画面を確認して言った。彼女の「問題なし」という言葉に一樹は首を傾げる。
「あの、運営NPCの権限を解放したんですけど……」
「ええ、出てるわね。エルフの神として入ってもらうから、オートにしてもらって構わないわ。マニュアルにする時はプレイヤーが問題を起こした時ね。それはまた教えるから今はとにかく『エターナル・ワールド』に慣れてちょうだい」
「了解です。あと、魔獣の子を拾ったんですけど」
「え? そうなの? うーん……ログには特に不具合はないから、イベントで何か必要なのかもしれないわね。企画の奴らは直前まで情報を公開してくれないのよ」
「社内でもですか?」
「ガッチガチに秘匿してるのよね。運営NPCとして対処できてるし、問題ないでしょ」
「そうですか。じゃあこのまま俺のそばに置いといていいんですかね」
「一応報告は上げておくわ。まだプレイヤーもいない所だから、ある程度自由に過ごしてちょうだい。むしろ不具合が出た方が良いかもしれないわね」
「分かりました。色々試してみます」
「よろしくねー」
「あ、そういえばログインすると必ず全裸でベッドにいるんですけど、これって服着た状態でスタートできないんですか?」
「え? イイ男は寝る時は全裸でしょ?」
「何言ってるんですか。外見は色以外おれなんですから勘弁してくださいよ」
「ならしょうがないわね……と言いたい所なんだけど、今回のNPCは設定を変更できないのよ。特別なイベントに関わるから……まぁ、イイ体してるから大丈夫よ!」
「どこが大丈夫なのか、さっぱり分からないんですけど……って、何で知ってるんですか!」
「実技試験のは全部見てたわよ?」
「ええええ!?」
何でもない事のように、とんでもないことを言われた一樹は耳まで真っ赤になる。あの醜態を見られたとは、かなり恥ずかしい。末代までの恥だ。
「これは十五歳以上対象ゲームなんだから、見えないように処理されてるに決まってるでしょ。落ち着きなさい」
「そ、そ、それならいいんです、けど……」
その言葉に多少救われる。全てを見られた訳ではないと知り、ホッとすると空腹を思い出した。
「すいません。お昼休憩してきますね」
「食堂はひとつ上の階にあるから」
「ありがとうございます。いってきます」
ペコリと頭を下げた一樹が部屋を出ると、再びパソコンの画面に視線を戻した相良が首を傾げる。
「固有スキルの『眷属化』? NPCである『オリジン・エルフ』にスキルとかあったかしら?」
疑問に思いながらログを追うが、特にバグは見つからなかったため、相良は考えることをやめることにした。彼女はとにかく毎日が忙しく、日々バグの処理やらプレイヤーからのメールの対処に追われている。
「ログは上に毎日報告してるんだし、やることやってんだから文句は言われないでしょ」
そう彼女は呟くと再び画面に向かい、親の仇のようにキーボードを叩き始めるのだった。
食堂といっても、ホテルのラウンジのような広々とした空間だ。落ち着いた色やウッド調の素材で揃えた、寛げるようなソファとテーブルが置かれており、『CLAUS』の社員は皆そこで休憩したり食事をとっている。もちろん外部の人間の出入りは禁止。基本社員しか使えない場所でもあるため、社員同士コミュニケーションをとる目的のランチミーティングなどにも使われている。
一樹はまだ仮の社員証である白いカードで食券を買い、窓口から自動で出てきた生姜焼き定食を受け取る。調理している人の姿は一切見えないのは徹底した情報漏えい防止なのだろうと、彼は生姜の風味を楽しみながら豚肉を味わい、白米を頬張る。
(人が……いないな……)
正午といえば昼休みだろうに、食堂には人の姿がほとんど見えない。数人いるが何か作業していたりで話しかける雰囲気ではなかった。
(そうだ。俺もやることがあったんだ)
本当なら休憩するべきだとは思うが、午後のログインまでに調べようと思っていた運営NPCの権限について一樹はもう一度事前にもらった資料を見直すことにした。
そもそもNPCという存在は、「ゲームをするプレイヤーにとって敵ではない生物」であり「システムの一部」でもある。いくら人工知能が組み込まれていても、もしゲーム内にある物語というシステムの一部に組み込まれている場合、その流れには逆らえない。
「運営NPCという特殊な存在は、あくまでもシステムの外側にいるって見たほうがいいんだよな」
うんうん唸りながらも、一樹は分厚い資料をめくりつつ文字を追っていく。しかし専門用語が多く、素人の彼には理解できない。まるっと暗記したところでそれがゲーム内の何に該当するのか分からないだろう。
「ええと、魔獣とは……世界をめぐっている力が、生物の負の感情と混じり合い生まれる存在。稀に既存の生物が魔獣化することもある……か。つまりさっき拾った魔獣の子は、元々普通の動物だったってことか?」
黒い生き物から白い生き物に変化していた、あのモフモフを思い出して知らず微笑む。一樹が昔飼っていた犬も、真っ白な紀州犬だったなぁと懐かしい気持ちになる。
「しまった。白くなってからどんな生き物なのか確認してなかった……これじゃ調べようがないな」
がっかりしたものの相良からバグではないと言われているし、自由に過ごして良いというのを一樹は思い出す。早くログインしてモフモフを堪能してやろうと、彼はウキウキしながら戻るのだった。
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