86、火山から港町へ(オリジン・エルフ)


 運営NPCであり神でもあるオリジンが、ドラゴンの炎ごときで燃えることはない。それでも怪獣映画でも観ているかのような大迫力の攻撃に、一樹は思わず後ずさりしてしまう。


『エルフの神、これはドラゴンではない。ドラゴンのような形をした魔獣じゃ』


「魔獣……ですか」


 ドラゴン型の魔獣が炎のブレスと尻尾の攻撃を、風の精霊王は表情ひとつ変えずに手に持つ扇子でいなしている。

 この世界の『風』を司る精霊の王であれば、魔獣ごとき敵うわけがないのだ。


『どうするエルフの神よ? 我が滅してやろうかの?』


「いえ、王ならともかく神の私から魔獣をどうこうできませんので」


 基本、運営NPCは戦わないし戦えない。この世界での運営は、自然の摂理に反した存在であるからだ。

 それでも唯一例外がある。


「あまり危険な目には合わせたくないのですが、ミユさんとアイリさんに頼んでみましょう」


『そういえば以前、あの娘が攻撃を受けていた時は我の力を使っておったが……』


「誰かを守るためであれば、割となんでも出来るようになりますからね」


 気がすすまないと俯くオリジンに、風の精霊王は緑の光を発する下級精霊たちを集めると、先程空を飛んでたあの絨毯のようなものが現れる。

 下級精霊の集まりであるため、これに乗れば精霊が視えない者からは「人が宙に浮いている」ように見えるだろう。さっきの空中移動もなかなかシュールだったかもしれないと、一樹は考えながら絨毯に乗る。


 ちなみに、その間ドラゴンから猛攻撃を受けていたのだが、よくありがちな「NPCには当たらない」状態であるのと風の精霊王の扇子で特に影響はない。


『このドラゴンが火を喰らっているようじゃの。倒せば火の精霊も戻ってこれるじゃろう」


「なかなか厄介ですね……」


 上空から見てもドラゴンは大きい。エルフの森での『強き魔獣』ほどではないが、ミユとアイリ以外にもプレイヤーが必要だろう。

 一樹は港町まで、このまま風に送ってもらうことにした。







 生きのいい魚と貝類、干した海藻や塩を売る威勢のいい声。

 その場でさばいて料理を提供してくれる食堂。

 外の国から渡ってきたらしき、不思議な色の織物や小物が並ぶ店。


 港町に着くなり、まずはイベント用の素材を交換しようと思っていたミユとアイリだが、時間的に朝市が開催されていると知り予定を変更して観光することにした。


「アイリは設定で五感も分かるようになってる?」


「もちろん! 痛みは元々いじれないけど、味とか匂いはリアル以上に強くしてるかな!」


「やっぱりその方が楽しいよね」


 ホタテのような貝を目の前で開けてもらい、味見とばかりに口の中に放り込まれたミユは顔が蕩けている。見かけ通り味もホタテで、甘みと旨味が一気に広がる。


「ふぁ……おいひいぃ……」


「ミユ、その顔はちょっと……まぁ、しょうがないか」


 若い男性店員は笑顔のミユを見て、さらにこれはどうだとマグロのような魚の中落ち部分を出す。さっき開けた貝の殻を使って、赤身の部分を削ってワサビ醤油と一緒に出してもらっている。


「赤身のマグロみたいなのに、トロみたいな……でも赤身なんだよね。すごくさっぱりしてて美味しい……」


「お嬢さん、これをヤマイモと米を合わせれば最強なんだぜ!」


「ヤマイモ……すりおろしているトロトロした?」


「そうそう! まぁまぁ高級なんだけど、お嬢さんには特別に味わってもらいたいから出しちゃうよ!」


「わぁ! 嬉しいです!」


 すっかり男性店員を虜にしたミユは、無意識にその愛らしい笑顔を振りまいている。これは危険かなとアイリが横入りしようとしたところで、ミユの上からふわりと緑の光が降ってきた。


「ミユさん、ここにいたんですね」


「オリジン様、奇遇ですね! 山の方へ行ったんじゃないんですか?」


 当たり前のようにミユの後ろに立ち、そっと彼女に腕をまわして抱き込む姿はあたかも「恋人同士」のように見える。

 白い肌に均整のとれた体躯、整った顔に白銀の髪をゆるりと落としたその姿に、ミユに言い寄ろうとした男性店員の腰は引けている。


「だ、旦那のお連れ様で?」


「ええ、そうですよ。彼女の食べたいものを全部並べてもらっても?」


「も、もちろんでさ! お安くしておきますぜ!」


 目の前にいる美丈夫に、男性店員は逆らってはいけないということを本能で感じ取っていた。

 ミユに負けず劣らず美少女のアイリがいるはずなのだが、彼女は身持ちが固く隙を見せないのが通常モードである。ナンパされたとしても一刀両断するのが常であった。


「ミユさん、アイリさん、この方が美味しいものを用意されるみたいですから、ご馳走になりましょう」


「ありがとうございます! 店員さん!」


「えーと、なんかすみません」


「オ、オキニナサラズ……」


 強張った笑顔のまま、店員は魚介類を食堂へと運んでいる。その中にホタテのような貝があるのを見て、ミユは目を輝かせていた。


「お二人に話があったのですが、まずは食事ですかね」


「その方がいいと思うよ。オリジンさん」


 疲れたようなアイリを見て、オリジン一樹は市場の中心にある食堂へと足を向けることにした。

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