102、狼族の村(旅の薬師)
精霊を信仰している獣人たちの中でも、狼の一族は土の精霊を尊ぶと、長(おさ)の男は言った。
薬師の一樹は大きなタンコブをさする少年が「イタイ……」と涙目で呟くのを聞き、ふと長に向かって疑問を口にする。
「長殿は綺麗な発音で話すね。あの少年は片言だったから……」
「あれはただの人見知りでして」
「人見知り……」
なんともいえない気持ちになったが、気を取り直して長にいくつか質問をする。人が住むには向かない森……まるでアマゾンにある密林のような雰囲気の場所にわざわざ村を作った理由が知りたかったのだ。
「ふむ……精霊中の庇護者様ならばよろしいでしょうて。実は村の奥に祠があるのですが、実は土の精霊王様がお生まれになる場所なのでしてな」
「村の中で精霊王が生まれるの!?」
「いやいや、精霊王様が生まれる場所だからこそ、ここに村を作ったというのが正しいですな」
「あ、言葉が荒くてすみません」
「庇護者様、どうかお気になさらず。獣人は言葉なぞ気にしないものです」
長(おさ)はそう言いながらも一樹に対して丁寧な対応をしている。聞けば「癖」らしいが、きっと精霊獣を連れている一樹に敬意を払っているのだと思われる。
ひたすら森の中を歩く一樹たちだが、今一緒にいるのは狼族の長、ハリズリ、少年だけだ。他の獣人たちはいつのまにか姿が見えなくなっていた。
「村はまだかなぁ」
「ここ、村の中」
「え? そうなの?」
驚く一樹に、少年は無言で近くの木を指さす。ツタが絡まる木に見えるが……。
「ワゥン?」
「せ、精霊獣様!?」
木に巻きつくツタの隙間からにゅるりと飛び出してきた狼獣人の男が、そのまま平伏している。どうやら高度な隠蔽がかかっているようで、村どころか家さえも見えないようになっていた。
平伏している男に長が声をかければ、彼は家の中へ戻っていった。
「これ、どうなっているんだろ」
「植物の家は生きておりまして、狼族と認識すれば開くよう覚えさせたのです」
「なるほど」
ハリズリは一樹の言葉の後に吠えようとしたが、また獣人に平伏されても困ると思いおとなしくすることにしたようだ。空気を読むハリズリを一樹は優しく撫でてやった。
「そろそろ着きますぞ。この奥になります」
薬師の一樹は精霊との親和性が低い。しかし土の精霊と相性のいいハリズリがいればなんとかなるだろうと祠へ入ろうとしたところ、狼族の長と少年がついてこないことに気づく。
「ここには精霊様と庇護者しか入れませぬ。我らはここで待ちましょう」
肯定をしていないのだが、どうやら一樹は『庇護者』という存在だと思われているようだ。話から察するに、生まれたばかりの精霊王を守ってやる必要がある……みたいなものかもしれないと一樹は考える。
「ハリズリ、頼むよ」
「ワゥン!」
楽しげに尻尾を振り、先頭を歩くハリズリの頼もしさに笑みが溢れる。何があっても対応できるよう、短剣をいつでも抜けるようにして奥へと進んでいった。
「え? 今日もいらっしゃらないのですか?」
「申し訳ございません。オリジン様は最近、目覚めが少ないのです」
水着イベントからしばらく経って、やっとオリジンの『サービス水着カット』の衝撃から回復したミユは連日のようにエルフの国の神殿に顔を出していた。
目的は精霊魔法の強化であり、オリジンの側付きのプラノがいればいい話だ。しかし、ミユが密かに心惹かれる存在のオリジンがいないのは少し寂しかった。本当に少しなのかは本人にしかわからないことである。
神殿の外にある訓練場へと向かう二人は、美しく整備された庭園を歩きながら会話をしていた。
「そうですか……シラユキちゃんは?」
「シラユキ殿の姿も見えないですね」
「何かあったのでしょうか」
オリジンの身を心配するミユの様子を、プラノは嬉しそうに見ている。彼はオリジンとミユが夫婦となり子を作ることを望んでいるのだ。そしてそれはエルフたち皆の望みでもあった。
実際は何も進んでおらず、お互いの半裸を見たくらいの状態なのだが。
「ミユ様、大丈夫ですよ。オリジン様の身に何かあれば神殿に報せが入りますから」
「え、そうなんですか。すごいですね」
「ふふ、エルフの神であるオリジン様を祀る神殿ですからね。ちゃんと神託があるはずですよ」
「そうか、そうですよね、えへへ……」
神殿のある意味をすっかり忘れていたミユを微笑ましげに見ていたプラノは、ふと肩までの金髪を揺らすと彼女に問いかける。
「ところで、ミユ様はオリジン様に何か御用でも?」
「え? いえ、用というほどのことでは……」
頬を染めたミユは、言いづらそうにしながらも続けて話す。
「聖王国の王都でイベント……大規模な戦いがありそうなんです。だからしばらく来れなくなるかもしれないので、挨拶をしたくて」
王都に渡り人たちが集まっているという情報は、最近新しく設置されたエルフの国のハンターギルドにも入ってきていた。兵士長のルトも魔獣の動きに対して警戒を強めていくとプラノは聞いていた。
「そうですか……わかりました。オリジン様がお目覚めになった時に必ずお伝えしておきます」
「よろしくお願いします。あと、精霊魔法の強化なんですけど、できれば接近戦になった時の訓練をしたくて」
「ミユ様は後衛でしたよね?」
「はい。ですが、この前オリジン様と一緒に戦った時、足を引っ張ってしまったので……」
「オリジン様と一緒に戦ったのですか?」
「はい、海近くでトカゲ型の魔獣が大量発生した時ですが」
すると、庭園の向こうから赤い火花がいくつか向かってくるのが見える。顔をひきつらせるプラノという珍しいものを見たミユだが、この後自分も同じ表情になることをまだ知らない。
『なんと気高き心を持つ少女なのだろうか! この火の精霊王直々に! そなたに技を授けようぞ!』
突然、赤銅色の髪から小さな火花を散らせ、筋肉で盛り上がる褐色の肌を惜しげもなくさらした男性型の精霊王が姿をあらわす。
布地の少ないその衣装にミユは小さな悲鳴をあげ、察したプラノはそっと彼女の前に立ってやるのだった。
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