101、狼の少年と獣人の村へ(旅の薬師)
薬師の一樹から発する怒気により、へたり込んでしまった獣人の少年は涙目で謝っている。
「悪い、した」
「君は獣人なんだから、僕らに悪意があるかくらい分かるでしょ?」
この『エターナル・ワールド』での獣人とは、エルフや妖精と同じ古くから存在している者たちである。特徴として、様々な動物の特徴が体にあり、耳や尻尾、翼や鱗などを持つ者はすべて獣人と呼ばれていた。
彼らは同族同士で言葉に出さなくても会話が可能な「精神感応」という種族固有のスキルを持っている。
片言なのは同族とばかり話し多種族と交流していないせいかもしれないと、一樹はうなだれたままの少年について考えていた。
「どんな、罰も、うける」
「いや、謝ってくれたらそれでいいんだけどさ」
「精霊獣様、血、流れた」
「精霊獣、様?」
「ワゥゥ?」
少年の言葉に、一樹とハリズリは首をかしげる。
「精霊様、獣人は信仰する。精霊獣様も、一緒」
茶色の柴犬にしか見えないハリズリは一樹の使役獣となっているが、その実は精霊獣と呼ばれる存在である。この世界では精霊と同じように尊ばれ、精霊使いをメイン職にしているプレイヤーもなかなか会うことができないレアな存在らしい。
そして、そのレアな存在はなぜか一樹に懐いている。
「ん? どうしたハリズリ?」
「クゥーン」
「なんだ、やけに甘えてくるなぁ」
足に擦り寄るハリズリを抱き上げた一樹を見て、獣人の少年は目を見開いて驚く。
「精霊獣様が、心を、許している?」
「ワゥン!」
「……わかった。村、案内する」
「え?」
少年の中で、一体何がどうなってその結論に達したのだろうか。一樹は問いかけようとするが、すばやく立ち上がった少年は小さな岩に手を置く。
「土の、精霊王様、紹介する」
気づけば、むせかえるのような緑の匂いと湿った空気。
抱いているハリズリも興味深げに鼻をヒクヒクと動かし、辺りの様子を伺っている。エルフの森とは違う、野生的で濃密な雰囲気を感じとった一樹は戸惑っていた。
「砂漠は……」
「精霊たち、移動、手伝ってくれた」
少年が岩に手を置いたところまで見たが、移動の魔法陣を使う時のタイムラグのようなものはなかった。本当に一瞬だったため何かのバグかと運営用ウィンドウを開くが、一樹が確認したところログに異常は見られなかった。
しかし、場所を特定させるため地図を開いたところで、一樹は思わず舌打ちしそうになる。
「悪いけど、ちょっとテントを出してもいいかな」
「ん? てんと?」
「砂漠用の服だったから、着替えたいんだよね」
「わかった」
一樹は急いでテントを準備し、少年には外で待つように言ってハリズリをつけておく。テントの中を覗かれたら困るからだ。
服を着替えたいというのもあるのだが、一樹の本当の目的は上司の相良に連絡をとることだった。テント内に以前コトリから購入した結界の魔道具を使用する。これで外に音がもれないはずだ。
薄いガラスのようなウィンドウを操作し、音声会話モードでの呼び出しをかける。
「相良さん、今大丈夫ですか?」
『はーい、あなた助ける謎の美女、相良よーん』
「大丈夫ですか?」
『……ぐっ、イケボで乙女心(?)を抉ってくるとは卑怯な! ……それで? どうしたの?』
「俺の現在地、特定してみてください」
『んー? 現在地……って、なんでそんなところにいるわけ!?』
「ですよねー」
一樹が運営用の地図を出したところ、現在地が自分の「管轄外」であるとこに気づいた。さらに言うならば、一般プレイヤー未公開の場所でもあった。
『ログを見てもバクは無いし、森野君があの件を調べていた流れでのことだからねぇ……』
「ここは獣人の国ですよね。運営NPCもいたりしますか?」
『そりゃいるわよ。どこの誰かは教えられないけど』
「ですよねー」
ため息を吐く一樹に、つられた相良もやれやれとため息を吐く。
『自分の管轄外に行くことは禁止じゃないわ。忙しい時にバグ処理のヘルプとか入れるし、そこは大丈夫よ』
「よかったです」
『ただ、世界に齟齬を起こさせないために、ちゃんとNPCを演じる必要があるからね。そこだけは気をつけて』
「了解です」
通信を切った一樹は、両手で頬を叩いて気合いを入れるとテントから外に出る。駆け寄ってくるハリズリを撫でてやり、律儀にテントから離れた場所に立っていた獣人の少年に礼を言う。
「待っていてくれてありがとう。じゃあ、行こうか」
「乗れ」
少年は飛び上がってくるりと一回転すると、大きな金茶色狼が目の前に現れた。彼の着ていた服がどうなったのか気になるが、今その疑問は置いておくことにする。
一樹が彼の背に乗った瞬間、一気にスピードを出して鬱蒼とした森の中を駆け抜けて行く。もう足は治っているハリズリは、心配する一樹がしっかりと抱いている。本人(犬?)はとても嬉しそうで何よりだ。
「早いけど、あまり風を感じないな」
「クゥン?」
目を凝らして見れば、精霊が狼の進む道を作っているように見えた。精霊との親和性が高い獣人ならではの現象かもしれない。
やがて濃い緑から薄い緑に変わり、水の流れる音が聞こえてきたところで狼の走るスピードが緩まる。後ろに流れていた風景もやっと普通に見えて、一樹は興味深げにあたりを見回す。
綺麗な水が流れる小川の前で、立ち止まった狼の背から一樹とハリズリは降りる。すると川の向こうに数人ほど、獣人の男たちが音もなく現れた。
「こんにちは。この少年に連れてきてもらっただけど」
「精霊獣様を連れた人族……」
ひとまわり大きい体を持つ獣人の男が一歩前に出ると跪いた。後ろにいる男たちもそれに習って全員が跪き、深々と頭を下げる。
「え、なにが……?」
一樹がハリズリを抱いたまま獣人たちの様子に戸惑っていると、彼の横に立っていた金茶色の狼はくるりと一回転して少年の姿に戻る。どう言う仕組みが不明だが服は着ている状態だ。
跪き頭を下げた状態の獣人たちを見た少年はこてりと首を傾げた。
「長、なに、してる?」
次の瞬間、川向こうにいるはずの男が、なぜか一樹の横にいる少年の頭にゲンコツを落としている。まったく動きが見えなかったことに驚いた一樹は、少年の発した「長」という言葉に背筋を正す。
「長殿、突然の来訪失礼いたしま……」
「庇護者様! こやつの無礼をお許しくだされ!」
少年の頭を無理やり押さえつけ、長と呼ばれた獣人の男は再び深々と頭を下げるのだった。
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