103、ミユの適性と残業する一樹(旅の薬師)


 高らかに笑い続ける火の精霊王を、プラノは冷めた目で見ている。


「……火の精霊王様、妙齢の女性がいらっしゃるのですから自重していただけると」


『ハハッ! エルフの神官くんは固いなぁ!』


 先ほどまでの仰々しい態度はどこへやら、面白いものを見つけたと言わんばかりの表情でプラノを煽る火の精霊王。しかし「水の御方がどう思うでしょうね」の一言で飛び散っていた火花がシュンと静まる。

 それと同時に彼の肌を包む布地が数枚増え、ミユは小さく息を吐いた。


『さ、さて、そこの少女は力を得たいと言う! どのような力が欲しいのかな!?』


「あの……」


『遠慮しなくていいぞ! さぁ、言ってみるといい!』


「すみません、私、プラノさんから『風』と『水』を教わっているのですが、それしか扱えなくて……」


『なんと!?』


「ミユ様は他に光や土とも相性が良いかもしれませんね。今度試してみましょうか」


「はい!!」


 笑顔でやり取りするプラノとミユの横で、ガックリと膝をついて落ち込むガタイのいい火の精霊王。すると音もなく現れたのは緑の着物姿の美女、風の精霊王だった。


 王級精霊二体を前にしたミユはカチコチに緊張し、プラノは笑顔で彼女を迎える。

 何度か精霊王をもてなす『お茶会』をしている彼にとって、風の精霊王は常識人(?)の枠に入る貴重な存在なのだ。

 この世界を巡る風と共に世情を知る風の精霊は、他の精霊よりも比較的人の考えに寄り添うことができる。それが、精霊使いの中でも風使いが多い理由のひとつかもしれない。


『火の、お主は適性も見分けられぬのか?』


『……いや、確かに火の気配を感じた! そうじゃなきゃ人の前に出ようと思わないぞ!』


『ふむ……』


 ジッとミユを見つめる風の精霊王だったが、見られたほうは緊張のあまり汗が止まらなくなっている。こうやって王級精霊と相対するのは初めてだったからだ。


「ご安心ください。オリジン様の加護を受けるほどのミユ様ですから、きっと風の精霊王様なら悪いようにならないですよ」


「で、でも、私は治癒師で、精霊使いじゃないですし」


『そういうことか。火は、この子の加護に引っ張られたのじゃな。まったく単純な』


「オリジン様の加護に、火の精霊が関係しているんですか?」


 風の精霊王の慈愛に満ちた表情に、ミユは肩の力が抜けるのを感じながら問いかける。緑の美女はゆるりと頷いた。


『かの神に属性はない。故(ゆえ)に加護も全てに対し発動するようになっておるな』


 そう言いながら風の精霊王はミユがまとう『それ』を見て過保護っぷりに苦笑していたが、彼女の腕輪を見て顔色を変える。


『なんと! その腕輪は!』


「あ、そうなんです。オリジン様が守りの腕輪をくださって、何かあればこれで知らせるようにと」


 嬉しそうに語るミユに風の精霊王は思わず腕輪について語ろうとすれば、エルフの神官がそれを遮るようにして口を開く。


「もしや、恐れ多くも風の精霊王様御自ら、ミユ様に力を授けていただけるということで?」


『……ああ、そうじゃな。かの神も願っていることじゃろう』


「ありがとうございます!」


 風の精霊王の知らないことはない。プラノの挙動に疑問を感じた彼女は、風から情報を得るとミユ向かって微笑む。


『腕輪、大事にするといい』


「はい!」


 ミユはエルフの慣習である『結婚腕輪』の存在を知らない。時がくればオリジンの口から彼女に話すだろうとプラノは思っているため、彼は風の精霊王の言葉を遮ったのだ。

 礼儀を欠いた行動をしたとプラノがこっそり頭を下げたが、風の精霊王は軽く手を振って許した。

 精霊の中で比較的常識のある存在ではあるが、精霊の享楽的な部分が一番強く出るのも『風』である。

 オリジンとミユの仲がどうなっていくのか、これは楽しくなりそうだと風の精霊王は扇子で隠した口元を緩ませるのだった。







「ハリズリ、まだ潜るんだよね」


「わぅん?」


「いや、ちょっと終業時間ギリギリになりそうだなって……」


 水や火の時とは違い、思った以上に時間がかかっていた。ログイン時間がイコール仕事をしているとみなされるため、あまり長くいると注意を受ける。

 トイレが必要ないのは助かるが、食事を摂らないのはさすがに辛い。そうでなくてもバイト時代より健康体になった一樹は、よく食べるようになったのだから。


 洞窟は奥に進むにつれ道は狭くなり、下へ下へと続いていく。土の精霊王だから地下のほうが居心地がいいのかもしれない。

 魔獣などは出ないし、とくに罠が仕掛けられているわけでもなさそうだ。暗く狭い道をひたすら歩くだけである。

 薬師モードの時に持ち歩いている鞄の中に魔道具のランタンがあったため、一樹はハリズリの尻尾と自分の足元を照らしていた。

 すると急に、目の前にあったモフモフの尻尾が真横に動く。


「わぅん!」


「お? 何か見つけた?」


 ハリズリの動いた方向にランタンを掲げれば、壁にぽっかりと横穴が空いている。

 ちょうどテントが一つ入りそうなくらいの大きさだ。


「ちょっと休憩しようか。ここは魔獣とか出ないみたいだし」


「わぅ」


 コクリと頷くハリズリをワシャワシャと撫でてやり、一樹は鞄から干し肉を取り出す。


「ハリズリ、おやつを置いておくから待っててくれるか?」


「わぅん!」


 任せてといった感じで尻尾をブンブン振って干し肉の塊に食らいつくハリズリを見て、一樹は念のため結界の魔道具を設置すると、テントを張って中に入りログアウトすることにした。





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