126、廃れる人たちとの再会(森野一樹)


 会社のラウンジで、ハンバーグとチーズがタブルでパン挟まれているものを頬張る一樹は、先ほど会話したメガネ男子と向かい合って座っていた。

 一樹の隣には上司の相良が陣取り、紙袋に入っていたポテトを抱え込み、無心で口を動かしている。揚げた芋料理は彼女の大好物らしい。

 店員にサイドメニューをポテトじゃなくサラダにしてほしいと一樹は伝えたつもりだったが、なぜかサラダとポテトが入っていた。しかしこうやって相良が喜んで食べるのを見て、ポテトを入れた店員グッジョブ!と一樹は思っている。


「ありがとう森野君! メックのポティトうましー! 絶妙な塩加減で、ほんとうましだよー!」


「相良さんが喜んでくれてなによりです」


 ほのぼの上司と会話している一樹たちを、対面で座っているメガネ男子は半眼で見ている。


「なぁ、そろそろ紹介してくれても、ええんやで?」


「あれ? いつからいたの?」


「相良っち……いつも業務外の仕事をぶん投げといて、そらないやろ……」


 細身の体をたたむように、頭を抱え込んだメガネ男子。

 さすがに可哀想だと思った一樹は、先ほど彼が差し出してきた名刺をポケットに入れてたのを思い出し、取りだして見てみる。


「髪埼音也さん……?」


「おう、一応言っておくけど本名やから」


「髪……かみ……」


「フッサフサやし! 俺! 髪! フッサフサやし!」


「いや、別に何も言ってないですけど」


 茶髪をキザったらしく搔きあげる彼の仕草から、一樹はスッと目をそらす。

 そんな一樹の行動に対して髪埼が反応しようとしたその時、ポテトを完食した相良が真っ直ぐな目を彼に向ける。


「それで? 私が依頼していた情報は集まったのかしら?」


「ああ、それなぁ……えーと、ありすぎるんやけど……」


「黒いのは?」


「黒いやつの解析をしようとしたら、繋いどったネットワークから謎のウィルスが出てきてなぁ」


「ゲームの中にある黒いのがウィルス? コンピューターウィルスってこと?」


 相良の言葉に対し、当たり前のことのように頷く髪埼。


「あんな怪しげなもんを調べさすなんて、えげつないことさせるなぁ思っとったけど……相良っちは気づいてなかったんやな」


「ごめん。そんなものだとは思ってなかった。バグを誘発する可能性があるものだってところまでは、なんとかうちのチームでもわかったんだけど」


「おま、それ! 先に言わんかい!」


 相良と髪埼のやりとりを黙って聞いていた一樹だが、戸惑いながらも口を開く。


「すみません、情報ってどういうものですか?」


「おん? そやなぁ……たとえば、うちの会社が医療機器メーカーだったっつーのは有名な話や。そのからみでリハビリ用として、病院に貸し出しているマシンがいくつかあってな」


「この前も何台か納品したって話を相良さんから聞きました」


「そう、その貸し出したマシンの中で、一台だけ稼働し続けているのがあるっつー話や」


「稼働し続けるって、まさか……」


「そのまさかや。あのゲームにはログインし続けている人間がいる。ゲームがリリースされてから、今、この時もずっと……ゲームの世界に入りっぱなしでログアウトせんプレイヤーがな」








 ログアウトしない……とまではいかないが、一日のほとんどの時間をゲームに費やす廃人プレイヤーはそれなりに存在する。

 ゲーム『エターナル・ワールド』での世界ランキングを、常にトップを走るのはトップランカーであるパーティ『暁(あかつき)』の大剣使いムサシも、廃人プレイヤーと呼ばれる存在だ。


「やっぱ、最新のが欲しい、なっ!」


 風の属性魔法をまとわせたままムサシが大剣振り回せば、硬いはずの甲虫型の魔獣がスパスパと切断されていく。

 剣を振り終えた彼の背に、いつの間にいたのか迷彩柄のマントに身を包んだ女性……アヤメが立っていた。

 パーティの中で一番の素早さを誇るアヤメは、向かってくる魔獣に向けて短剣を構えると、体を回転させるようにして切り刻む。

 砕け散り消えていく魔獣が落とした素材を拾うと、彼女はムサシへそれを投げ渡す。


「ギルドで配ってたアイテム、風の属性が武器に付与されるのね。すごく便利」


「姉貴がギルドに依頼されて、大量に作っていたからな」


「ムサシのお姉さん……ああ、あの面白い人ね」


 面白い人と言われた魔道具技師は、今頃きっとくしゃみをしているだろう。苦笑したムサシは、自分の体力ゲージが大幅に減っていることに気づく。

 回復アイテムは残りわずかだが、この場所を守る仲間が来るまで粘らないといけない。万が一、魔獣が王都に入ったらイベントをクリアしたことになるか分からない。


「おいアヤメ! 回復アイテムは!」


「もうない!」


「くそっ! とりあえず、落ちるまでやるしかないか」


 ムキッと腕の筋肉を動かし、大剣に風をまとわせればムサシの装備しているマントがふわりと舞う。体力ゲージが徐々に減っていくのを歯ぎしりしながら見ているムサシの目の端に、きらりと光るものがさし込んでくる。


「……あの光は、回復魔法か?」


 回復魔法を表す白い光のエフェクト気づいたムサシは、この一帯に響き渡るような声で呼びかけた。


「おい!! こっちにも頼む!!」


 どこかのパーティに所属している場合、仲間を優先して回復させるのが当たり前だ。それでもいちるの望みをかけて呼びかける。緑のフード付きマントにオレンジ色の髪をふんわりと揺らし、振り向いたその顔にムサシは破顔する。


「あん時の治癒師の嬢ちゃんか!」


「ムサシさん!」


 火の精霊王を救出するイベントで一緒だったムサシを、ミユはちゃんと覚えていた。

 体力ゲージが少なく限界だったムサシに気づいたミユは、迷うことなく中級の回復魔法を唱える。


「悪い、助かった」


「いえいえ、それよりもムサシさん達が苦戦しているなんて、驚きました」


「ごめんなさいミユさん、わたしにも……」


「うわっびっくりした! はい、どうぞ!」


 女忍者のごとく気配を消したままのアヤメはミユの魔法を受け、安心したようにゆっくりと息を吐いた。


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