10、妹の愛梨と女子学生の評判
なぜか、ここ数週間無かった疲労感に見舞われつつ、一樹は白いカードをゲートの読み取り機にかざして会社の外に出る。
上司の相良は完全に面白がっているし、彼女の部下である人達は関わらないようにしようといった雰囲気だった。
ポスターを見れば分かるが、リアルの一樹を元に作られた存在ではあるものの、髪や瞳、肌の色まで変えてあるため誰かにバレるということはない。少なくとも、今までに一度もないとのことだった。
「ゲーム補正があるにしても、これ結構そのまま俺だと思うんだけどな」
しょんぼりと俯いて地下鉄に入ろうとした一樹だが、ふと空腹に気づく。何でもいいだろうとファストフード店に入った彼は、ワンコインのセットを注文してカウンター席に着く。
平日の昼過ぎの店内は空いているが、ちらほら学生の姿が見える。テーブルには勉強道具を広げており、数人でテスト勉強をしているようだった。
混雑していないせいか、店員も特に何か言うことはない。その中で一人社会人である一樹は浮いているのかと思えば、そうではなかった。
スーツ着用の職場でないためカジュアルな服装を身につけている一樹は、この風景に上手く溶け込んでいる……かのように見えた。
「久しぶりだね」
「ひえつ!?」
「きゃっ!」
ビクッと体を揺らし大きすぎるくらいのリアクションをする一樹に、肩に置いた手を慌てて引っ込める小柄な女子高生。
先ほど会社で見たポスターの衝撃が抜けきらない一樹は変な汗をかきながら振り返ると、そこには見慣れた美少女が目を丸くして立っていた。
「なんだ、びっくりした。愛梨(あいり)か」
「愛梨か、じゃないよお兄ちゃん! びっくりしたのはこっちだよ!」
「ごめんごめん、考え事してたから……」
ぷりぷり怒る妹の愛梨は、一樹の年の離れた妹で現在高校二年生だ。大学に入り、家を出てからあまり会わなくなってしまったが、彼にとって妹は世界一可愛いと思うくらいは愛情を持っている。
つまり一樹は重度のシスコンであった。
「ねぇ、お兄ちゃん就職したってお母さん言ってたけど、平日のこんな早い時間にいるなんて……もしかして、嘘ついてまで安心させようとか……」
「就職は嘘じゃないから! 二十四時間体制のシフト制勤務なんだよ!」
「なんだ、びっくりした」
そう言いながら愛梨は自然な動作で、カウンター席に座る一樹の隣に座る。なんだかんだ言いながら彼女は「お兄ちゃんの側」がいいのだ。一人暮らししている兄を心配して毎日メールするくらいの愛情を持っている。
つまり愛梨は重度のブラコンであった。
「でもすごいよね。大手の『CLAUS社』に就職できるなんて」
「まぁな、雑用係だけどな」
まさか運営NPCの中の人とは言えない一樹は、ぼやかして仕事のことを話していた。プログラマーやSEでもない彼なら、事務のようなことをやっているのだろうと家族は納得しているようだ。
「そうそう、私も『エターナル・ワールド』やってるんだよ。お兄ちゃんも社員じゃなきゃ一緒にプレイできたのにね」
「え!? そうなのか!?」
「うん。てゆか驚きすぎじゃない?」
「いやほら、オンラインゲームって変な人もいるっていうし」
「お兄ちゃんは相変わらず心配症だね。友達の幸恵(ゆきえ)と一緒だから大丈夫だよ。まだ始めたばっかりだから、今度解放されるイベントに参加はできなそう……あのポスターのイケメンエルフ、タイプなのに」
「そ、そうか……」
エルフの国イベントに愛梨が来ないということが分かりホッとした一樹だが、これは一時しのぎに過ぎないだろう。いつどこで会ってしまうか分からない。その時にちゃんとNPCとして演じられるのだろうか……彼は不安になりつつも、それを見せないように「それは残念だな」と妹に言ってやるのが精一杯だった。
その時、近くにいた女子学生グループが雑談で盛り上がる。
「ねぇ、今度の『エタワル』のイベ画像見た?」
「見た見た。あれヤバくない?」
「マッチョエルフとかって、めっちゃウケるんですけどブッフォ」
耐えきれないといった感じで噴き出す女子学生たちの近くにいる一樹は、なぜか居たたまれない気持ちになり、多少傷ついた彼はもう店を出ようと立ち上がる。やはりアレは悪ノリすぎるだろう。
「あれ? お兄ちゃんもう出るの?」
「ごめんな。仕事終わった後って眠くなるから、もう帰るよ」
「そう? じゃあ私も出ようっと」
女子学生達の笑い声はまだ続いている。どこにマッチョエルフの需要があるのかと一樹はため息を吐いたが、ふと上司の相良を思い出し彼女の「嗜好」に苦笑いする。
そう、相良くらいだろう、自分をいい男だと冗談でも言う人間は……と一樹はトレイの上にある紙くずをゴミ箱に捨てていると、小さい声がなぜか耳に入ってきた。
「このエルフの人、綺麗だと、思う」
その声は女子学生グループが聞こえたような気がして、そちらを向こうとする一樹だったが、胸ポケットに入っているスマホが激しく震える。
「ん? 相良さん?」
「女の人?」
「ん、そうだよ。会社の人で俺の上司だよ。なんだろう?」
一瞬、一樹は妹からドス黒い何かが出たように感じたが、次の瞬間にはいつもの可愛い妹になっていた。
気のせいかとスマホの画面を見ると、メールを受信した通知があった。相良からメールがくるのは初めてのことというのもあり、急ぎの案件かとその場で見ようとしたが部外者である愛梨には見せられない。
「ごめん愛梨。ちょっと会社に戻るよ」
「え!? せっかく会えたから、お兄ちゃんの家に遊びに行こうと思ったのにー」
「それはまた今度な!!」
そう言って慌てて一樹は走り出す。さすがに愛梨も諦めたらしく、不満そうではあるが手を振って見送りしてくれた。
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