11、イベントの詳細(オリジン・エルフ)

 一樹は会社に向かう途中、立ち止まりメールの中身を確認する。

 そこには、エルフの国イベントの資料が社内でしか閲覧ができないというのと、イベント中は何かあった時のためにビル内にある宿泊施設にいて欲しいというものだった。

 いつからというのは無いが、できるだけ早い方が良いと記載されている。

 食材は料理して使い切っていたし、ちょうど作り置きもなくなっている。それならば着替えを持って行かねばと家に帰ろうとして、はたと気づく。


「そういえば、着替えは会社に置いてあるな……」


 ゲームにログインする際に全裸でカプセルの中に入るため、一度着た服をまた着るのが苦手な一樹は数着ほど着替えを置いていた。

 謎のピンクの液体は体を汚すことなく、むしろ綺麗にしてくれるものなのだが、分かっていても一樹はログアウトすると社員専用のシャワールームを利用していた。

 綺麗好き……というわけではない。あくまでも気持ち的な問題だ。


「うん、社員カードがあれば食堂使えるから食べ物には困らないし、お金を持っていく必要もない。なら家に戻らなくてもいいか」


 自分の中で折り合いをつけたところで、一樹は数時間前に出た『CLAUS社』のビルに再び入っていった。







「ふぅん、よくできているな」


 ログインした一樹は、手早く全裸からいつもの貫頭衣を羽織り、フンドシをしっかりと身につける。最初は戸惑っていたが、この服装にはだいぶ慣れた。いつものように緑の光がふわふわと寄ってきて、心地よい風を送ってくれている。

 着替え終わった一樹を見て、転がるように駆け寄ってくるシラユキをひとしきりモフっていると、さすがにタイミングが分かってきたプラノが中に入ってくる。

 肩で切り揃えた金髪を煌めかせ、美少年は一樹に笑顔で一礼した。


「お早いお目覚めですね。何かありましたか?」


「どうやら、近々この国で何かが起こるようです。それで起こりうる現象を予測すべく、この国の過去の現象を図書室で調べようかと思いましてね」


「それは、神の国からの情報ですか? それならば神殿内の情報では不足かと……」


「神の国では詳細が分からないのです。私はエルフの国からの視点で、その時何が起きたのかを知りたいのです」


 一樹の発言は彼の本音も混ざっている。イベントの内容が知りたいのもあるが、過去にこの国で何があったのかをNPCの視点で知りたかったのだ。この世界の人として演じるには重要なことでもある。

 相良に言われている『イベントの資料』は、神殿内にある図書室にある。リアルでは情報漏洩をしないよう、運営NPCはゲーム内で資料などのやりとりをすることが多い。

 もちろん、リアルでも詳細なやりとりはできる。しかし比較的セキュリティがしっかりして安心できるのはゲーム内だったりする。実際この世界の魔法で情報規制することもしているらしい。一樹にはまだ分からない世界だ。


「図書室にシラユキも良いですか?」


「もちろんです。精霊獣のシラユキ殿は普通の動物とは違いますから」


「ありがとう。良かったですねシラユキ」


「キュン!!」


 嬉しそうに尻尾を振る白い子犬を笑顔で撫で、なぜか顔の赤い神官エルフ達の間をプラノの案内で歩くこと数分。広い神殿の奥に重厚な作りの木の扉を、プラノが重そうに開けるのを微笑ましく見守ってから中に入る。


(結構広いな……)


 戸建ての家が丸々一軒入りそうな広さの場所に、壁一面が全て本棚であり、その全ての本棚には隙間なく本が並んでいる。

 ところどころハシゴが置いてあるものの、数百冊じゃおさまらないその多さに、どうやって探せば良いのか分からず一樹は辺りを見回す。

 相良が「入れば分かる」と言っていたのを思い返していると、一樹の目の前をフワッと光る何かが横切った。


(ふぅん、なるほど)


 自分の周りを飛び交う馴染みの精霊だ。一樹の意図を察した精霊が手伝ってくれるようで、緑の燐光をほのかに点滅させながら奥に向かうその光をゆっくりと追うと、求めていた本が目の前にあった。


「エルフの国に迫る危機……これのようですね」


 その本を手に取った時、プラノの顔が青ざめたことに一樹は気づく。内心首を傾げながらも、手に取った本を開き読み進めていくとその原因が分かった。


「森に強き魔獣が復活せし時、選ばれし神官のエルフ、命をかけ国を守る……プラノ、まさかあなたのことですか?」


「……はい。今の神官エルフの中で、一番力を持つエルフ、ですから」


 青ざめた顔のプラノは、それでも瞳には強い意志の強さを滲ませたまましっかりと言葉を紡ぐ。

 基本、この世界のNPCは死んだら生き返れれない。しかしプレイヤー場合、体力が無くなれば「意識不明」や「気絶」などの扱いで死にはしない。辛うじて生きているという状態になるため、意識をとりもどして体力を回復させれば元に戻る。

 一樹は運営とはいえNPCの体である。試してはいないが、死んだらそれまでなのかも知れない。運営NPCではないプラノは、死んだらこの世界からいなくなってしまうだろう。


「いけません。それだけは阻止しないとダメです」


「ですがオリジン様、この本を読まれたということは神の国から『強き魔獣の復活』を知らされたのでは?」


「ええ、ですが神の国からの情報は、それだけではないですよ」


「それだけではない、とは?」


 震えが止まらないプラノを安心させようと、一樹は優しくその艶やかな金髪を撫でてやる。シラユキも美少年の足元にそっと寄り添ってやっている。優しい子だ。


「渡り人、ですよ」


「渡りの……まさかエルフの国に、渡り人を呼ぶおつもりですか!?」


「そうです。彼らならきっと『強き魔獣』を封じてくれるでしょう」


「ダメです!!」


 プラノの叫びは図書室内いっぱいに響き、慌てて彼は口を押さえる。そして呼吸を整え、静かに話し出す。


「いけません。この国にエルフ以外を入れるなんて……」


「しかしこれは、神の国からのお達しなのですよ。私が許さずとも、神がエルフの国を開放するでしょう」


「そんな……」


「これは絶対に必要なことなのです」


「この国に、エルフ以外の人を入れるということが、ですか?」


「ふふ、違いますよプラノ。そうじゃないでしょう?」


 そう言って一樹は涙目のプラノをそっと抱き寄せる。

 プラノの線の細い体は今にも折れてしまいそうだと感じながら、彼の震える背中をゆっくりとさすってやる。そうしながら一樹は優しく言い聞かせる。


「絶対必要なのは、あなたが生き残ること、でしょう?」


 その言葉に子供のように泣きじゃくるプラノを撫でてやりながら、イベントが失敗して彼が犠牲となる結果になるのであれば、運営NPCの権限を使ってでも止めてやる……密かに一樹は、決意するのであった。


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