閑話、幸運なエルフの話
はじめまして、私は神官エルフのプラノと申します。
光栄なことにオリジン様の「側役」として仕えさせていただいております。
私には親は居りません。
物心がついた時には、エルフの町長ノール様の家に他の孤児たちと暮らしていました。
運が良かったのでしょう。後から聞いた話ですが、行商人として各地を巡っていたエルフの商人であった私の両親は魔獣に襲われ、私一人が助かったそうです。荷物の中で寝ていて、神殿から派遣された兵たちが魔獣を倒すまで泣き声もあげなかったとか。その幸運は、神に愛されているとまで言われました。
エルフは十歳までは人間と同じ速度で大きくなりますが、そこからは成長はゆっくりになります。なので十歳で一人前と認められる「洗礼の儀」を神殿で行います。
その時に神殿のエルフたちは、精霊と親和性の高い者たちを選定します。そして希望者は神殿に入ることが許され、エルフの神に仕える神官であったり、神殿の兵として生きていくのです。
私は洗礼の儀で精霊との親和性が高いと言われました。神官にならないかと言われ、すぐさま頷きました。
ノール様はお優しく温かな人ですが、やはり迷惑はかけていられないというのがありました。それと、神に愛されるほどの幸運をいただいた感謝もあったので、神殿に入ることで少しでもお返ししたいと思いました。
それから、百年以上経ったでしょうか。
気づけば私は、神殿にいる神官の中でもトップクラスの力を持ち、エルフの神である『オリジン・エルフ』様が目覚めた際には、側役として仕えることが決まりました。
ああ、やはり私は幸運なのでしょう。
オリジン様が目覚められた時、何者かの叫び声が響き渡りました。私は慌ててその声が聞こえてきた場所を見つけ出し、その部屋に飛び込んだ時のことは……生涯忘れないでしょう。言葉にならないとはこの事かと思います。
そこにいらっしゃったのは、艶やかな銀髪を腰まで垂らし、見開かれた青い潤んだ瞳は銀の睫毛に縁取られておりました。エルフ特有の滑らかな白い肌ではありますが、その逞しくも美しい筋肉は他のどのエルフよりも魅力的に見えます。
私はこの時にすぐ部屋から出るべきだったのでしょう。しかし布一枚身につけていらっしゃらないその美しいお姿に見惚れた私は、愚かにも夢か現実か分からなくなるほどに混乱していたのです。
気づけば、その方は寝台の中にお隠れになっておりました。
一気に血の気が引きました。
許しを得ずに部屋に入って、私は一体何をしていたのか、と。
この方がオリジン様だと、なぜすぐに気づかなかったのか、と。
心の中で自分を責めました。どんな罰でも受けようと謝罪する私に対し、オリジン様はその美しいお顔に笑みを浮かべられ、不出来な私を許してくださいました。
普通ではあり得ないほどに、精霊から好かれているのもオリジン様だからこそでしょう。
心を捨てて神殿に仕えるエルフ兵に、心を取り戻されたのもオリジン様の素晴らしいお力でしょう。
魔獣化していた精霊獣を浄化されたのも、そのお優しい御心を持つオリジン様なればこそでしょう。
お仕えして一月も経ってはおりませんが、私はこの方に生涯仕えることができることこそ本当の幸運なのではないかと思っておりました。
しかし、私の幸運もここまでのようです。
「森に強き魔獣が復活せし時、選ばれし神官のエルフ、命をかけ国を守る……」
オリジン様の美しく響く声に、私は冷水をかけられたかのような気持ちになりました。
選ばれし神官とは、この神殿内で一番の実力を持つ私のことでしょう。過去に強き魔獣を封印した神官エルフの逸話は、小さな子供のエルフでさえも知っている有名な話です。
そしてその神官エルフは、命と引き換えに国を守りました。
死ぬことが怖くない、と言ったら嘘になるでしょう。ですが、それよりも怖いことが今の私にはありました。
オリジン様の、お側にいられなくなる……それだけが何よりも怖く感じました。
もし死んで、魂だけになってもお側にいられるのであれば、死ぬことはきっと怖くないだろうと。私はそう思いました。
それだけでも伝えたいと思ったその時、オリジン様は優しく抱き寄せ、良い香りのするそのお身体で私を包み込んでくれたのです。
「絶対必要なのは、あなたが生き残ること、でしょう?」
きっと、いけないことなのでしょう。
情けなくも大泣きした私は、オリジン様の腕の中で、ただこう思っていたのです。
今、この時が一番幸せだと。
オリジン様は国の大事よりも、私に生きることを願ってくださっているのではないか……と。
お優しいオリジン様ですから、私だけを大事に思ってくださっているわけではないでしょう。
ですが、そう願ってしまうほどに、私はオリジン様に心を囚われてしまったようです。
強き魔獣の復活は、もう怖くはありません。
もし私の命が尽きようとも、オリジン様の心に生きられるのであれば、それはきっと至上の喜びであるに違いないのですから。
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