12、戦う方法とイベントの解放(オリジン・エルフ)

 運営NPCは、基本的に戦えない。この世界で戦うのはあくまでもプレイヤーだからだ。しかし、その制約の中でも例外はある。

 

 例えば、魔獣から攻撃を受けたり、突発的な出来事で己の身に危険が迫った時。

 これは自己防衛をしないと「人として」不自然だからである。このゲームのシステムは人として不自然な行動をするとバグとして認識してしまのだ。なので防衛するための攻撃ならば、運営NPCも戦うことができる。

 

 その他に運営NPC、プレイヤーが危機に瀕している場面に遭遇した時などもある。

 本来、運営としてはプレイヤーがどうなろうと関知しないのが本来の姿なのだが、NPCはこの世界の住人であるため「困っている人を助ける」ということは自然のことである。キャラクターにもよるが、少なくとも一樹の演じる『オリジン・エルフ』に関しては、誰かを助けるということは自然の流れでありNPCとして違和感はないはずだ。


「問題は、どう戦うか……だな」


 一樹は本を持って自室に戻り、プラノがお茶を用意している間ひたすら考えている。そんな彼の腕の中で、シラユキは鼻をピスピスさせてお昼寝モードになっていた。お腹も出した状態のモフモフな白い子犬は、一樹の手でモフモフされるがままになっていた。

 その時、彼の前にふわりと緑の光が舞う。


「精霊、か? 精霊魔法?」


 一樹の周りをいつも飛び回っている風の下級精霊たちは、彼の言葉を肯定するようにヒュンヒュンと縦に舞う。

 しかし、彼はあくまでのNPCである。プレイヤーのように魔法を使えないだろう。そんな一樹を誘うように緑の光はふわりと神殿の外へ出て行った。


「プラノ、少し外に出ます。神殿の周りを歩くだけなので護衛は必要ないですよ」


 お茶を用意してきたプラノは少し驚いたような表情をしたものの、微笑んで一礼する。とうやら図書室の一件から美少年の一樹に対する気持ちは、神への盲信から人……オリジンというひとつの存在として信頼をされるようになったらしい。

 一樹はプラノの淹れてくれたお茶の香りを楽しんでから、颯爽と神殿から出た。

 貫頭衣の裾をずるずると引きずることなく、風の精霊に遊ばせながら外に出るとそこには溢れんばかりの光り輝く緑の光が集まっていた。







 エルフの国に危機が迫っている。

 近隣諸国にそれが伝わったのは、一ヶ月前のことであった。

 その昔、ある神官エルフが命をかけて封印したという「強き魔獣」が、復活するとのことであった。

 再び、神官エルフたちが命をかけようとしたのだが、優しきエルフの神『オリジン・エルフ』はそれを憂い、神に選ばれし渡り人たちに助力を求めた。

 それと同時に、限られた者しか入国することができなかったエルフの国は解放される。森に包まれ秘されていたその地に、エルフ以外の人種の出入りが許されることとなったのである。


 深い森を進むのは、若きハンター達だ。

 派手な色の鎧を着ている少年二人と、肌をあらわにした服を着ている少女二人。その後ろを歩いているのは、浅葱色のローブを身につけた少女だ。


「ええと、イベントのボスは神殿の奥にいるんだよな」


「そうそう。ここの魔物はエルフの国で造られた武器じゃないと、倒すのが面倒だから……まずは素材を集めて、武器を作ってもらうところから始めないと」


「弓って誰か使えたっけ? ボスは弓の攻撃がおいしいってさ」


「あの、職業で弓術士にならないと……」


「じゃあ、ミユが転職すればいーじゃん」


「え、でも、私は治癒師で……」


 背中まである柔らかなオレンジの髪をゆるく三つ編みにして横に垂らし、大人しそうな少女は少し驚いたようにその青い瞳を瞬かせた。


 この世界での渡り人、いわゆるプレイヤーはキャラクターを作成する際「職業」を選択する。例えば職業が「戦士」ならば、プレイヤーは戦士として生きることとなり様々な経験を経てレベルを上げていく。レベルが上がれば戦士として強くなり、戦うことに関しては敵なしとなる。

 職業を変更する「転職」をすることも可能だ。転職するとレベルが一まで戻ってしまうが、会得した技や魔法はそのまま引き継がれる。

 ひとつの職業を極めるのもゲームの楽しみ方ではあるが、パーティ……大人数で行動する場合であれば色々な職業を経験し、技や魔法をたくさん使えた方が良い場合もある。


 彼女……ミユはもう少しレベルを上げると、パーティ全員の体力を一気に回復できる「中級魔法」が覚えられる。回復魔法を覚えるには職業が「治癒師」である必要がある。いくら弓術士がいれば戦いが楽になるといっても、一定期間イベントのために今までレベルを上げてきた治癒師から転職することは彼女の所属するパーティにとってもデメリットしかないだろう。


「あの、せめてもう少しレベル上げに付き合ってくれれば……」


「はぁ? 何言ってるの? 散々レベル上げてやったのに、まだ上げろって言うの?」


「もうひとつ上の回復魔法があれば、今よりもっと楽に……」


「なんなの? パーティに誘ってやった恩も忘れたの? お荷物な治癒師のくせに生意気よね」


 回復するアイテムを買うお金がないからといって、ミユに治癒師になれと言ったのは目の前にいるクラスメイトの彼女だった。それでも頑張って自分一人でも治癒師としてレベルを上げていたミユは、なぜそこまで言われるのかが分からなかった。

 彼女だけではない、クラスメイトであるはずのパーティ全員がミユを睨んでいる。

 前から彼女たちはミユに対して当たりがキツかった。それでも仲間だと思っていたのに……と、ショックのあまり呆然としていたミユは、気がつくと一人になっていることに気づく。


「え? そんな……嘘でしょ?」


 治癒師でも戦うことはできる。しかしそれはあくまでも同レベルの魔獣が現れるフィールドでの話だ。

 プレイヤーは死ぬことはないが、攻撃を受けたり体力が減っていくリアルな感覚は、ミユにとって恐ろしいものだった。できれば二度とその感覚を味わいたくない。

 もしかしたら、自分だけが怖いのかもしれない。それでもこのゲームの感覚は、彼女にとってもう一つの「リアル」なのだ。


「っ!!」


 不意に、ミユに馴染みの感覚が走る。それは魔獣の気配を察知したときのピリピリした感覚だ。

 いつもならパーティメンバーに声をかけ、戦闘態勢になるところだが、今は自分一人しかいない。このフィールドの魔物に対しての有効手段を持たないミユは、それでも諦めたくなくて、指先が真っ白になるくらい杖を握りしめる。

 魔獣の唸り声、息づかい、足音……その恐怖は何か大きな生き物が飛びかかってきた時、ピークに達した。


「いやぁ!!」


 目を閉じたら負けだと思ったその時、緑色の強い光がミユを照らしたところで、彼女の意識は暗転したのだった。

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