13、治癒師ミユとの出会い(オリジン・エルフ)
一樹はいつもとは違うポーンというアラーム音とともに、目の前に現れた薄いガラスのようなウィンドウパネルに驚く。
【風の精霊よりプレイヤーの危機を感知、移動しますか?(YES/NO)】
エルフの国は解放されており、プレイヤーもエルフの町に少しずつだが入ってきている。それでも神殿に入るにはいくつかのイベントをこなさなければならないため、一樹とプレイヤーが接触するのはまだ先のはずであった。
(少なくとも一週間は先になるはずだけど、なんでだ?)
疑問に思いながらも、ウィンドウに光る文字「YES/NO」の点滅に、一樹はとりあえず行ってみることにする。
指先を「YES」の文字に滑らせるやいなや緑の光に包まれて移動すると、神殿内とは打って変わって感じられたのは濃い森の空気、それと血生臭い獣の息づかいだ。
突如現れた一樹の姿に、一瞬その熊のような魔獣は立ち止まるも獲物である存在に再び襲いかかる。それが人だと気づいた時には、彼は衝動的に魔獣の前に飛び出していた。
【運営NPCオリジン・エルフのカウンター攻撃、風の精霊魔法をオート発動】
ポーンというアラーム音ともに現れたウィンドウを確認する間もなく、一樹の目の前にいた熊の魔獣は緑の閃光に切り刻まれる。
ガラスの割れるような音と光のエフェクトを散らし、魔獣は跡形もなく消えていった。
「び、びっくりした……」
思わず素の表情で放心していた一樹は、あわてて辺りを見回す。幸いにも魔獣に襲われていたプレイヤーは彼を見てはいない……というよりも、意識を失っているようだ。
「これは危険じゃないか? ゲームで意識を失うとか……」
過度な精神的ストレスを受けたプレイヤーには度々見られる現象だが、さすがにこのままで放っては置けないとプレイヤーの側に駆け寄る。そこには浅葱色のローブを身につけた、柔らかなオレンジ色の髪の少女が倒れていた。
長い睫毛はピタリととじられ、まるみをおびた頬に薄いピンクの唇は微かに開いている。その愛らしい顔立ちに一樹は思わずゴクリと生唾を飲む。
「いやいや、落ち着け俺、この状況はちょっとまずいぞ」
ちょっとどころでなく、一樹の挙動不振な様子も相まって充分「まずい」状況に見える。深呼吸をして落ち着いた彼は、彼女の様子を確認する。
【プレイヤー(治癒師)……ミユ、十七歳、幸運値(80/100)気絶中(残り28秒)】
どうやらもうすぐ目覚めるらしい。このまま去るのが正解なのだろうと思うが、一樹はもう少しだけ彼女の側にいることにする。
治癒師である彼女が、強い魔獣が多くいるこの森に一人でいる理由が分からない。さらには精霊のシステムが反応して一樹をここに移動させたのは、その幸運値の高さだけではないのかもしれない気がしたのだ。
(いや、ほら、可愛いからとか、そういうんじゃない、じゃないほうだから!)
なぜか心の中で言い訳しながら、目の前にいる少女が目覚めるのを待つ。すると「んん……」と可愛らしい声が聞こえてくる。まぶたの奥にあるその目の色は、綺麗な青い色だ。
「目が覚めましたか? 大丈夫ですか?」
「え、あれ、私は死んだんじゃ……」
ゲーム内でプレイヤーの死はないが、体力がゼロになりセーブポイントまで戻されることを「死ぬ」こととして表現している。
未だ森の中にいるのを信じられないといった様子で、オロオロしている彼女に一樹はもう一度声をかける。
「大丈夫ですか? 渡り人のお嬢さん」
爽やかに響くその声にプレイヤーである彼女、ミユは弾かれたように一樹を見る。
「うわ!! イベントポスターのイケメン!?」
そうミユは叫ぶと同時に焦ったように自分の口を両手で押さえ、一樹に向かってペコリと頭を下げる。
「すみません! 助けていただいたんですよね? そんな方に失礼を……私はミユっていいます! ありがとうございます!」
「いえ、構いませんよ。たまたま通りがかっただけなので。あなたは……ミユさんは余程の幸運の持ち主なのですね。私の名はオリジン、普段はエルフの神殿内にいます」
そう言って微笑む一樹の笑顔は、NPCと分かっているミユからも魅力的に見えた。女性のような細身の体型が特徴である他のエルフにはない、彼『オリジン』の筋肉質な体も格好良いとミユは見惚れてしまう。
ぼんやりした様子のミユに、一樹は心配そうに問いかける。
「どうしましたか? どこか具合でも……」
「い、いえ! なんでもないです! 確かに私は幸運値が高い方かも……あ、不躾なお願いで申し訳ないんですけど、森から出る道を教えてもらえませんか?」
プレイヤーのミユがNPCであるオリジンに対し丁寧に接する必要はない。
ゲーム内での渡りの神に選ばれし「渡り人」は、異世界の人間であるためこの世界の身分や立場に縛られる必要はない。ただ、このゲームをやり込むプレイヤーはNPCに高度な人工知能が搭載されている理由に気づいている。この世界はプレイヤーだけで成り立っている訳ではない、ということを。
ちなみにミユに関しては、ただそういう性分なのだろう。きっとそれはこれまでプレイして関わってきた人達には好印象だったに違いない。もちろん一樹もその内の一人になりつつある。
「それは構いませんが、なぜあなたは一人でこの森に? 見た所、治癒師のようですが」
「……あの、お恥ずかしい話、パーティメンバーに置いていかれてしまって……」
「はい? パーティメンバーとは、ミユさんの仲間なのでは?」
「そうだと、おもっていたんですけど……」
しょんぼりと項垂れるミユに、一樹はそのメンバーとやらに殺意を抱いたため、まとっていた風の下級精霊の光が強くなる。
「この光、もしかして精霊さんですか?」
「ええ、すみません。私がミユさんの話を聞いて怒りを感じ、精霊たちが反応してしまいましたね」
飛び交う光に手を伸ばす一樹に、精霊たちが嬉しそうに集まっていく。それをミユは興味津々で見ている。そんな彼女に精霊たちも興味を抱いたようで、ふわふわとオレンジ色の髪をつついたりして楽しそうだ。
「なんか可愛いですね!」
「ふふ、ミユさんは精霊に好かれやすいのかもしれませんね」
穏やかな空気の中、それを打ち消すような魔獣の咆哮と、いくつかの悲鳴が聞こえてくる。それに素早く反応したのはミユだった。
「もしかして、みんなが……行かなきゃ!!」
「ミユさん!!」
青ざめた顔で走り出す彼女の後を、一樹も追いかけた。
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