14、ゲームの世界ではあるものの(オリジン・エルフ)

14、


 治癒師であるミユが襲われていたのと同じく、現実の五倍くらいの大きさである熊の魔獣が、派手な格好をしたプレイヤー数人に襲いかかっていた。

 少年二人は腰を抜かした状態でへたり込んでおり、少女二人は魔獣の攻撃から逃げ回ってはいるものの、ダメージを受け続けている。

 ミユは彼らの状況を確認すると、悔しげに下唇を噛む。

 

 自分がパーティにいる時は、治癒師という職業ではあるものの常に周りの警戒を怠らないようにしていた。だからこそ、危険な魔獣に対して常に先制攻撃することができ、レベル差のある魔獣を避けることも可能だった。

「斥候」や「探索者」といった職業であれば「警戒」という技(スキル)を持っており、常時発動状態でいるため何かしなくても危険をアラームで知ることができる。しかし、どんな職業だったとしても「周囲を警戒すること」はできるのだ。それをするかしないかで、この世界でのレベルの差だけではない大きな差が生まれる。

 ミユは元冒険者のNPCや、ハンターギルドでの講習を真面目に受けていたため、クラスメイトたちよりも多くの知識を持っていた。


 深呼吸して動悸を落ち着かせ、木に隠れながらクラスメイト全員の体力ゲージを確認する。

 一番体力が減少している少女を回復させたいが、近くに行かないと回復魔法をかけられない。先ほどオリジンに助けられたときは動揺していたせいか動けなかったが、今なら少しは動けるだろう。震える手で杖を握りしめると、スッと息を吸ったミユは囁くように詠唱しつつ素早く走り少女の近くまで行くと、回復魔法を発動させるべく杖を振るう。

 熊の魔獣はそれに気づいたが、ミユは素早く魔獣の側に向かって走り死角に回り込む。彼女のその低身長を生かしてバックステップを踏みつつ、ターンをしてもう一人の少女も回復させる。

  回復魔法を遠距離で放つことができないミユの苦肉の策である。小・中学生の頃バスケをやっていた彼女のステップは、敵を躱してシュートを狙うそれと同じものだ。

 

 現実での経験を、そのままゲームの世界で生かすことができる。

 それがこの『エターナル・ワールド』であり、フルダイブタイプのVRMMOであるこのゲームの真骨頂ともいえる。


 この中でも一番重傷な少女を回復しているミユを見て、彼女の存在に気づいた少年たちは、恐怖により青ざめていた顔をみるみる怒りで赤く染める。


「お前!! ふざけんな!! 一人で逃げやがって!!」


「こっちも早く回復しろ!!」


 少年二人の唐突な怒声に、ミユは驚いて一瞬動きを止める。その一瞬の隙を見せてしまった彼女は、容赦ない魔獣の攻撃を受けてしまう。魔獣の硬く鋭い爪は、彼女の浅葱色のローブを無残にも引き裂いた。


「くぅっ!!」


 服だけでなく肌にも食い込むその爪に、ゲームのシステムにより痛みはないがピリピリとした電気のような痺れが走る。

 赤い線が肌に残り、その赤がジワリと広がっていくのは「重傷」であるサインだ。


「何やってんだ!! 回復だよ!!」


 叫ぶ少年の金切り声が森の中を響き渡る。受けた傷が体力を減らしていくため動くことが出来ないミユは、どうすることもできず膝をつく。本当はある程度回復させたら皆で逃げようと提案するつもりだった。それなのに先ほどの攻撃で「一時的な行動不能」の状態になってしまっている。これはいわゆる「詰み」だろう。


「ミユさん見事な立ち回りでした。邪魔が入らなければ切り抜けられたでしょうに……」


 ふわりと温かい何かに包まれたミユは、気づくと布越しでも分かる男性の逞しい胸筋に頬を寄せていた。慌てて離れようとするも、男にしっかりと抱き込まれているのと傷のせいで動けない。

 言わずもがな、彼女を助けたのはエルフの神『オリジン・エルフ』である一樹だ。


「あ!! ポスターの!!」


「イケメンだ!! 筋肉エルフだ!!」


 ぎゃあぎゃあ喧しい周りを無視し、一樹は服を裂かれたミユに自分のまとっている貫頭衣を巻きつけてやる。ミユからは見えないが、必然とあらわになるその均整のとれた体と筋肉美に、喧しかった少年たちは見惚れて静かになる。

 魔獣は緑の光が押さえ込んでおり、唸り声を上げているが動けない状態のようだ。


「さて、ミユさんどうしますか?」


「んぐぐ、ぷはっ……えっと、何がですか?」


「彼らを助けますか?」


「どういうことだよ!! アンタNPCならプレイヤーを助けろよ!!」


「うるさいですね」


 一樹が不快そうな顔をすると、彼の周りをふわりと飛んでいた緑の光が少年の口を塞ぐ。むぐむぐと苦しそうにしているが、一樹の知ったことではない。


「私は、ミユさんを森の外に連れ出すことをお願いされています。なのでここで私が魔獣をどうこうする必要はないのですよ」


「あ、あの、この魔獣だけ退治してもらってもいいですか?」


「わかりました」


 そう言うと一樹は宙に何かを描くような動作をする。彼の目の前に幾何学模様の光り輝く魔方陣が現れ、そこからすうっと出てきたのは全身緑の女性だった。


『お呼びか、エルフの神よ』


「風の精霊王、この魔獣を頼みます」


『よかろう』


 女性は頷くと同時に魔獣に向かって飛んでいくと、通り抜けたように見えた瞬間に、クマは切り刻まれて光の破片となり消える。

 ミユを助けた時と同じような攻撃に気づいた一樹は、先ほどのカウンター攻撃も「風の精霊王」だったのかと納得する。道理で強いはずだ。

 オリジンである一樹自身は攻撃する術を持たないため、精霊の守りはありがたい。


「では、行きましょうか」


「え? あの、私だけですか?」


「先ほどから元気そうですから、きっと大丈夫でしょう」


 一樹の言葉に、呆然としていた少女二人が慌てて口を開く。


「ちょ、ちょっと待ってよ!! 何で私たちが置いていかれるの!?」


「ミユだけ助けるなんてズルい!!」


 交互にミユたちを責めていた少女二人は、一樹の整った顔を見て頬を染めると鼻にかかった声で「いたーい」「もう歩けなーい」などと言い始める。


「何で置いていかれるの、ですか。私も聞きたいですね。なぜミユさんが一人で魔獣に襲われていたのかを」


「!?」


「ミユさんは何も言ってませんよ。私はその時の状況を述べただけです」


「お、俺らは、別に置いてったわけじゃ……」


「そいつが勝手に……」


 あまりにも子どもっぽい彼らの行動にひと言物申したい一樹だったが、今はミユの治癒が先決である。


「では、こちらも勝手にさせていただきます。今のミユさんは私が保護していますから」


 笑顔で言い切ると一樹はミユを抱きかかえたまま、運営NPCの権限を使い神殿内の毎回一樹がログインする場所に移動する。


 ログインする場所とは、寝室である。

 一樹は服を貸しているため、現状彼は下着一枚である。

 そしてこの世界の下着とは……である。




 つまり、フンドシ一丁、である。




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