52、エルフの神官と精霊獣と黒(赤毛のギルドマスター)


 昼間でも少し暗い執務室にプラノが入ると、そこには燃えるような赤い髪を無造作に後ろに流した、体格のいい美丈夫がゆったりと座っていた。

 横にいる水色の長い髪を高い位置で結っているステラと、その色の対比がやけに目に入ったエルフの神官プラノは何度か瞬きをする。そしてひと息つくと、肩まで切りそろえた美しい金髪を揺らし優雅に一礼した。


「初めまして。私はエルフの国、オリジン・エルフの神殿に仕える神官のプラノと申します」


「話は聞いている。俺は王都のハンターギルドを統括するギルドマスターだ。よろしく頼む」


 その粗野な物言いに思わずステラは顔をしかめるが、プラノは気にすることなく穏やかに微笑む。不思議と彼の態度に悪いイメージを持つことはなかった。

 プラノの様子を見たステラはホッとした表情をすると、銀縁メガネを指で軽く押さえる。


「では、エルフの国にハンターギルドの窓口を置きたいということですが、本部から全面協力するよう指示が出ております。こちらにいらっしゃるプラノ様に当ギルドを案内してもよろしいでしょうか」


「もちろんだ。エルフの国との国交が盛んになりつつある今、魔獣だけじゃなく人同士のゴタゴタもあるだろうからな。そういう厄介ごとの解決にも、ギルドに依頼するといいだろう」


「ありがとうございます」


「エルフの国、かの森には魔獣が多くいただろうが、それは大丈夫なのか?」


「神殿の兵士達が定期的に見回っておりますが、そちらも人手が欲しいところです」


「優先すべきは、ひとまず魔獣の駆除ってところか……ん?」


 話しているギルマスの足元から、赤いモフモフしたものが現れる。それを見て驚いたのはプラノだった。目の前にいるギルマスと同じ色の赤い手並みを持つ、大型の狼のような獣が飛び出してきたのだ。


「なんと! この気配は精霊獣ですか!」


「あ、ああ、急にすまない……おい、どうしたクレナイ?」


「グルル……クゥゥ……」


 クレナイは申し訳なさそうに主人であるギルマスを見上げると、プラノの方をみて甘えるように鳴く。


「すまないステラ。少しだけ席を外せるか?」


「……では、終わりましたらお呼びください」


「悪いな」


 上司の困ったような笑みに幼さを感じ、少しだけ動悸が早まったステラだったが、なんとか平静を装い部屋を出るのだった。







(さてと。これはどういうことなのかな?)


 一樹は呼ばない限りは出てこないよう指示を出していたクレナイが、まさかそれを無視して出てくるとは思っていなかった。

 確かにクレナイは、一樹がオリジンモードの時にシラユキとしてプラノと接している。それを混同してしまったのかと思うが、頭が良く主人に忠実な「眷属」である精霊獣にそれはないだろうと一樹は考える。

 そして、現在の一樹は父親からの特訓を受けたことにより、自分の気配を完全に消すことができている。プラノにギルマスがオリジンであるというのもバレてはいないはずだった。しかし、クレナイが出たことによって、プラノに正体がバレてしまう危険性が出てきてしまった。


「グルル……」


 喉を鳴らすクレナイに、なぜここまで好意的なのか戸惑うエルフ神官のプラノ。そんな彼に、ギルマス一樹は苦笑して口を開く。


「プラノ殿、すまない。コイツはどうやら貴方に興味があるようだ。近づけても?」


「ええ、もちろんです。神官である私は精霊との親和性が高いので、何か興味をひくものでもあるのでしょう」


 そう言って笑みを浮かべる美少年プラノに、ギルマス一樹はクレナイゆっくり向かわせる。すると、プラノの足元が揺れたように見え、そこから黒い染みのような何かがジワリと浮かぶ。


「!? これは……」


「プラノ殿!! こっちに来い!!」


「ガルル!!」


 一樹はプラノの腕を掴み、力強く引き寄せて胸元に抱え込むと同時に、クレナイが唸り声を上げて床に広がる黒い染みに前足を振りおろす。

 バシャリと音を立てて飛び散った黒は、壁や床に散らばるとドロリと垂れていく。


「クレナイ、火を!!」


「ガルオオオオオオ!!」


 クレナイの吠え声に呼応した火の精霊は、意志を持つ炎で部屋に撒かれた黒だけを燃やしていく。その光景をギルマス一樹に抱き込まれたプラノは、呆然と見ている。


「な、なんですか。この黒い存在は……闇でもない。ただ、黒い何か……」


「俺は何度か見ている。これはエルフの国と聖王国を繋いだ魔法陣を壊したものと、同じ存在だ」


「な、なぜ私にこのような存在が……」


「くそっ、察知できねぇとか一体何なんだ……クレナイ、悪かったな」


「ガルゥ」


 嬉しそうにギルマス一樹の手に擦り寄るクレナイは、彼の撫でる手を追いかけてペロペロ舐めると尻尾を振った。そこで左腕に抱えている温かい存在に気づき、一樹は慌てて腕をほどいて離れる。


「とっさに悪かった。無事か? プラノ殿」


「いえ……守っていただき、ありがとう、ございます……」


 なぜか頬を赤らめるエルフの美少年。それもそのはず、彼の崇拝するオリジンと似た風貌と体躯、そして彼の鍛え抜かれた筋肉に包まれる安心感たるや。たるやである。

 ギルドマスターの側にいると妙に安心することに気づいたプラノだったが、不思議なこともあるものだと首を傾げるにとどまる。気配を完全に消している今、まさかオリジンとギルドマスターが同一人物だとは夢にも思わないプラノだった。


「床に染みた黒いのも、消えたな」


「少しだけ目で追えたのですが、どうやら細かな砂の粒のようなものでしたね」


「砂? 液状に見えたが……」


「確証はないのですが、窓やドアの隙間から出ていったようでしたので」


「砂、か」


 そう言いながら椅子に座ったギルマスに、クレナイがもっと褒めてと寄っていく。それを無意識に膝に乗るよう指示する一樹。そんな一人と一匹の様子を、ほのぼのと見守るプラノ。

 大型犬を抱っこする美丈夫という図に、騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきたステラが萌えて悶えるのは数分後のことである。


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