51、お色気とギルド見学依頼(赤毛のギルドマスター)


 ギルマス一樹が酒場の裏で運営している情報屋に来たのは、王都内で売買された魔道具の情報を得た時に、どこかで見たような名前があったからだ。

 この世界の紙に書かれた情報からでは、一樹の管理者権限で探し出すことができない。これはあくまでも『エターナル・ワールド』に住む人間から得られるものだからだ。

 もちろん、NPCの行動はログに残される。しかし、運営は彼らの思考を読み取るという作業はしていない。自立した個々の存在として、人と同じように扱うのが原則とされている。

 そのため、思考を書き出したものに関しても、同じように適用されるのだ。


「この『自動泡立て器』を作ったセイ・コトリという魔道具師について知りたい」


「セイ・コトリ? ……ああ、最近王都に来た渡り人の女性ね。彼女なら『森の癒し亭』に泊まってるわよ」


 一樹はその人物を渡り人だと予想していた。この世界では泡立器はあるが、自動でそれを作ろうという者はいない。こういう発想は渡り人であるプレイヤーのものだ。しかし、一樹が管理者権限を使って調べても『セイ・コトリ』という名はヒットしなかった。

 とにかく、場所が分かれば早速行こうと立ち上がる一樹は、艶っぽく笑む女に礼を言う。


「いつも感謝する。情報料はギルドにつけといてくれ」


「あら、これくらいいいのに」


 そう言って女はギルマス一樹の腕に自らの腕をからませ、その豊満な胸を押し当てる。ゲームとはいえリアルとほとんど変わらないその感触に、彼は引っ張られるように彼女の方へ体重をかけるとソファーへゆったりと押し倒す。


「あっ……」


 いくつか外されたシャツのボタン、そこから覗く厚い胸板からは彼の香りが漂っている。上に乗られ密着したことにより、男の色香にあてられた女は熱い吐息を漏らす。


「そういえば、名前聞いてなかったな」


「アマナよ」


「そうか。おいたが過ぎるな、アマナ」


 そう言うと、ギルマス一樹はアマナの耳に息を吹きかける。それだけで真っ赤になり動けなくなった彼女をソファーに寝かせたまま、何事もなかったかのように酒場から出る一樹。

 情報にあった『森の癒し亭』はハンターギルドの側にある宿屋だ。そこへ早足で向かう一樹は、表向きは平然とした顔をしているが、心の中ではパニックだった。


(やばかったっす! NPCの色気マジパネェっす! めっちゃいい匂いしたっす! 柔らかかったっす!)


 なんとも、男とは悲しい生き物である。

 一樹が野獣と化すのを止めたのは、ふんわりとした笑顔の少女と、鬼のような顔をした妹の顔が脳裏を過ぎったからである。


(それに、いくところまでいっちゃうと、後でログ見て何を言われるか……)


 さっき程度であれば、軽い事故で済むはずだ。そう願いたいと一樹は足早に目的地へと向かうのだった。







 ハンターギルドに来た美少女二人、言わずもがなミユとアイリは、美少年エルフの神官プラノを連れて辺りを見回していた。


「さすが王都のハンターギルドだね。すごく広い」


「あれー? おかしいな。ステラさんがいない?」


「そのステラ様とは?」


「ギルドマスターの補佐の人って聞いてるんだけど……」


 自信なさそうに話すアイリに、プラノは首を振る。


「大丈夫ですよアイリ様。ここからは私一人で」


「何言ってるんですか。プラノさんまた絡まれちゃいますよ」


 先程、かませ犬三下男に絡まれたばかりだと、ミユが心配してプラノを引き止める。アイリはさもありなんと、コクコク頷く。

 そんな目立つ三人がギルド内で話しているのに、さすがに何事かと男性ギルド職員が近づいてくる。


「いらっしゃいませ。当ギルドへはどのようなご用件で?」


 丁寧なギルド職員の物言いにプラノは驚く。先程からハンターギルドにいる粗野な人間たちを見て、職員もそうなのだろうと勝手に思っていたのだ。


「ご丁寧にありがとうございます。私はエルフの国から参りました神官プラノと申します。ハンターギルド本部より許可を得たのですが、ここの見学をさせていただきたく、よろしくお願いします」


「本部から許可を? 少々お待ちください。あ、ここだと荒っぽい連中に絡まれますので、応接室にご案内します」


「ありがとうございます」


「ところで、そちらのお二人は?」


「私たちも一緒です」


「はい。プラノさんは私の師匠でもありますから」


「ミユ様、アイリ様……」


 戸惑うような表情のプラノを前に、美少女二人は譲らない。三人の様子にギルド職員は笑顔で言う。


「構いませんよ。どうやらお二人とも護衛の依頼を受けているようですし」


「え? そうなの?」


 驚くアイリに、ミユはそういえばと思い出す。


「これって、治療師のレベルが上がった時みたい。魔獣を倒さなくても町の人を手伝ってたら上がってたりしたから」


「そういえば、そんな事を言ってたね」


 ミユとアイリは、プラノを王都案内するという口約束をしていた。ゲームのシステムとしては、口約束でも依頼とみなされる。ハンターギルドは魔獣の討伐はもちろんだが、その依頼内容は多岐にわたる。報酬が発生しなくとも道案内や荷物運びなどの頼まれものも依頼とみなされ、それがハンターギルド内のランク付けに反映されるのだ。


「お二人とも、ありがとうございます」


 微笑むプラノに、ミユとアイリも笑顔になる。

 そんな美少女たちの笑顔に周りは騒めく。それを敏感に察知したギルド職員は、慌てて三人を応接室へ案内すると、数分でギルマス補佐であるステラを呼んできた。


「お待たせしました。ここのマスターを補佐するステラと申します」


 部屋に入るなり、水色のポニーテールを揺らして一礼したステラは、顔を上げると驚いた表情を見せる。


「アイリさん、それにエルフの神官様と……オリジン・エルフ様の縁の方?」


「ステラさんどうもその節は。ミユのこと知ってるの?」


「ええ、もちろんです。限られた人数しか知りませんが、ミユさんのことは聞いています」


「な、なんか、ご迷惑おかけしてます……」


「いえいえ、私たちハンターギルドは、ハンターとして活躍してくださる方をお守りするために存在していますから。お気になさらず」


 クールなイメージなステラだが、ミユを見る表情は柔らかい。それを見たプラノは「これならオリジン様も安心されるだろう」と安堵している。


「それで、エルフの神官様はギルドを見学されたいとか」


「ええ、お願いできますか?」


「もちろんです。……と、言いたいところですが、本日ギルドマスターが外出しているのです。日も落ちますから、明日はどうでしょう?」


「確かに。ギルドは朝と夕方が混むとアイリさんから聞きました。明日の昼頃にまたお邪魔します」


「伝えておきます」


 ステラとプラノはお互い一礼すると、ミユとアイリには依頼完了の通知がされたのだった。


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