50、聖王国のエルフ神官長と酒場の話(赤毛のギルドマスター)


 すっかり頭に血が上った男は、「死ねぇ!」と叫びながら殴りかかってくる。


「死ねぇって……ぷぷっ……」


 男のセリフに思わず吹き出しながら、アイリは向かってくる攻撃を最小限の動きで避ける。そのままヨロけながらアイリの近くにいたミユへ向かおうと方向を変えた男だが、不自然な風に体が浮くと思いきりよく地面に背中から叩きつけられた。


「うがぁっ!?」


 ミユの周りには小さな緑の光が飛び交っている。風の下級精霊を使ったのかとアイリは認識すると、地面に転がったまま痛みで呻く男を呆れ顔で見下ろす。


「かませ犬な三下だけど、死ねって言いながらナイフとか持ってなかったね」


「意外と紳士なのかな?」


 こてりと首を傾げるミユに、それはないだろうとアイリは無言で首を横に振る。そんな二人の前に、絡まれていたエルフが駆け寄ってくる。

 肩までのサラサラな金髪を揺らし、エルフ特有の美しく整った顔には先程とは打って変わって笑顔が浮かんでいる。周りが思わずざわめくほどの美しさであるが、神官服を着た彼は残念ながら「男」である。


「ミユ様! ご無事ですか!?」


「私は大丈夫です。教えていただいた精霊魔法が役に立ちました」


「すみません。あの場で私が精霊を呼び出すと周りを巻き込みそうでしたから、助かりました」


 美人のエルフ見たさに多くの野次馬がいたため、プラノは困っていたらしい。そこにアイリとミユがうまいこと男を引っ張り出したため、事が丸く収まったようだ。


「この人、アイリに言い寄ったりプラノさんに言い寄ったりして?」


「ミユ、世の中には両刀使いっていうのがいて……」


「ゴホゴホ! この男はとりあえず土の精霊で拘束しておきましょう!」


 疑問を持つミユにアイリが事細かに何かを教えようとするのを、不自然に咳き込んだプラノが間に入る。何となくだが彼は今、ミユの純粋さが損なわれるような予感がしたのだ。そしてその予感は正しかったりする。


「それにしてもご無事で良かったです。お二人に何かあったら、オリジン様からお叱りを受けるところでした……」


「オリジン様から? なぜですか?」


「ミユ様はエルフの国で、要人として登録されてますからね」


「そういえば私って保護されてるんだっけ……すみません。お気づかいを……」


「気にしなくていいんじゃない? オリジン様も好きでやってるんだろうし」


「え? そ、そんな、好きだなんて……」


 なぜかアイリの言葉に顔を赤くしたミユにアイリは苦笑いだ。その横でプラノはとても嬉しそうだ。どうやらオリジンとミユの仲は順調のようだと『オリジン様の恋を応援するエルフの会』会長であるプラノは満足げな笑みを浮かべる。

 そこでアイリはふと疑問に思い口を開く。


「ところで、神官長さんは聖王国まで何を?」


「実は、エルフの国にはハンターギルドがないのです。この前の魔獣を討伐していただいた際にハンターギルドの有用性に気づきました。そこで、どのように運用しているのか教えていただこうと、ギルド本部のある王都に来ました」


「プラノさんが? 町長さんではなく?」


「エルフの森で定期的に魔獣を狩っているのですが、それは神殿のエルフ兵たちの仕事なのです。つまり、神殿の管轄ということになります。実はここ最近、魔獣の動きが活発化しているようで……」


「活発化……?」


 アイリとミユは顔を見合わせる。この『エターナル・ワールド』でのイベント予告には、しばらくエルフの国に関わるような記載はなかったように思える。次のイベント内容は討伐ではなく、聖王国内の魔獣を倒して素材を得るというもののはずだ。


「他の国のように、エルフの国でもハンターギルドを置き、そこで渡り人の方々に協力を求めようということになりました。オリジン様も同意されたので、すぐにでも進めようと思っています」


「オリジン様が……それなら私も協力します!」


「ありがとうございます。ミユ様」


「ねぇ、ギルド本部って王城にあるんじゃなかったっけ?」


「え? そうなの?」


「もう、ミユったら……ハンターギルドに入った時に説明があったでしょ?」


「う、忘れてる」


「はぁ……というわけで神官長さん、ギルド本部に行くのにアポ……約束とか、オリジン様の手紙とかあります?」


「オリジン様から預かった手紙があります。これを届けるように言われてまして……それから王都のハンターギルドの中を見学してみようかと」


「なるほど。じゃ、手紙を届けて王都のギルドにレッツゴー!!」


「ゴー!!」


「ごー?」


 こうして美少女トリオ……いや、美少女二人と美少年一人は、相変わらず周りの注目を集めながら王城へと向かうのだった。

 ……地面から首だけ出した哀れな男を一人残したまま。







 冒険者の集まる酒場。カウンターの端、入り口近くに女はいつも座っている。

 コルセットを身につけているため、大きな胸はさらに強調されて男どもの下卑た視線に晒されている。しかしそれを彼女が気にすることはない。

 座り続けること一時間、現れた背の高い赤毛の男を見つけると、彼女は仄かに頬を染めて立ち上がる。


「すまない。待たせたか?」


「ええ、少しだけ」


 そう言った彼女のテーブルには、すっかり氷の溶けたグラスが一つ置かれている。それを見た男は眼帯に覆われていない方の目を眇め、小さく息を吐くと女の頬に指先をすべらせる。


「すまない」


「……もう、悪い男ね」


 男の撫でる指に気持ちよさそうに目を閉じる女は、自分の頬を撫でる男の手を掴むとカウンターの奥へと向かう。二人を追いかけるのは、他の男性客たちからの羨望と嫉妬の眼差しだ。

 奥にある個室に入ると、赤毛の男はすぐに女から離れて置いてある椅子に座った。


「おい、あの合図を変えられないのか?」


「ダメよギルマスさん。ここの決まりなんだから」


「なんで頬を撫でるのが新規の依頼、腰を抱くのが依頼の途中経過の確認……俺の外聞が悪くなるだけじゃねぇかよ」


「変な女に言い寄られるよりマシでしょ。それでなくてもギルマスさん目をつけられてるんだから」


「はぁ? 何だそれは」


「美丈夫な独身のギルドマスター。これだけ美味しい餌がぶら下がってて、女が寄ってこないわけないでしょう」


 やれやれとため息を吐く女に、その美丈夫な赤毛のギルドマスターである男は「餌って俺が?」と、釈然としない顔をするのだった。





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