72、謎の声とイベント結果(旅の薬師)



 一樹は突如聞こえてきた謎の声の言葉に驚いていた。

『渡りの神』といえばこの『エターナル・ワールド』のプレイヤー達……いわゆる『渡り人』を異世界から呼びよせる神という設定になっている。

 そんな神を名乗る怪しげな声に、一樹は地面にある魔法陣のようなものををどう消そうかと悩んでいた。


『ちょっと、せっかく繋がったのに切るとかやめてよね!』


「いや、ほんともうこういう訳の分からないのは勘弁してほしいんだよね。忙しいから、じゃ!」


『待ってよ! 君、関係者でしょ! 勇者っぽい感じでしょ!』


「はい、違いますー。俺はただの旅の薬師ですー」


『だから……それ……勇者っぽいから!』


 聞こえてくる声の合間にノイズが入り始めている。自然に消えそうだと考えた一樹だが、ふと思いつきダメ元で声に問いかける。


「なぁ、黒いドロドロしていて、光に弱いやつって知ってるか?」


『ああ、それは……だよ。だからこの世界……』


「え!? 知ってるのか!?」


『気をつけ……、……』


 声が消えそうになるのを止めようと慌てて地面に手をつける一樹だが、魔法陣のような模様からは光がなくなり周りの風景も変わっていた。広場の中心にあった噴水はなくなり、人の話し声や生活音が戻ってくる。


「マップも元に戻ってるな。……ていうか、アイツ色々知ってるみたいだった。くそっ……」


 あの声がこの世界の神だとすれば、一樹の質問にAIが回答してくれたかもしれない。いや、先程の会話で聞き取れない部分があったが、確かにあの声は一樹に何か伝えようとしていた。


「ログには何も入ってない、と。もっと早く思いつけば、黒いドロドロとかミユちゃんの探してる人とか、何か分かったかもしれない」


 ひとしきり落ち込んでいた一樹だが、会話の内容を思い返していて気づく。


「確か『やっと繋がった』とか言ってたよな。それならまた話す機会があるかもしれない?」


 茶色の髪をワシワシと掻き混ぜると、一樹は元気よく立ち上がる。

 どういうタイミングで話せるか分からないが、神というくらいだから知っていることがたくさんあるに違いない。思考を切り替えて、次に繋がる?時のために質問をリスト化していく一樹だった。






 ミユとアイリのイベント成績は意外といいところまでポイントが伸びていた。なんと、トップ200位以内にまで食い込んでいたのだ。


「きっと素材を売る時の『交渉』が良かったのよ」


「そうかなぁ」


 うすい胸を張ってドヤ顔するアイリに、横に並んで歩いていたミユは苦笑する。


「あと、NPCを仲間にして素材集めしたのもポイントが増えた理由かもね」


「え? そうなの?」


「だって公式サイトに載ってたでしょ『草原にいるNPCとの協力プレイもできるかも!?』って。そんな文言がついてて何もないわけがないよ」


「通常イベントでNPCと行動するのもあるけど、それとは違うの?」


「期間限定イベントだからこそっていうのがあるかもしれないけど、通常イベントでもNPCの好感度で報酬が変わったりするじゃない」


「確かに……エルフの国の道具屋さんのイベントの時も、親切にしてくれたからって今でも割引とかしてくれるよね」


 エルフの国の神殿で滞在していた頃、ミユは通常イベントをいくつかクリアしていた。なせかやたらとエルフの民から声をかけられるミユは、一人では捌ききれずにアイリに助けてもらったりもしていた。


「いや、割引されるのはミユだけじゃない? ……なんかオリジン様の伴侶とか言われてたし」


「え? 何?」


「はいはい何でもないよ。ほら、イベント参加賞で出るアイテム受け取りにいこう」


 国が素材を買い取ることになってはいるが、プレイヤー……渡り人のほとんどはギルドに登録しているため、報酬は各ギルド経由で出ることになっている。

 もちろんハンターギルドだけではない。素材を集めていた生産職のプレイヤーも職人ギルドや商人ギルドからも報酬がもらえるとのことだ。

 そして必要な素材を集めるという、前回の魔獣討伐に比べると少し地味に感じるイベントだったが、ネットではもしや後で大規模なイベントの伏線なのではと密かに噂されている。


 王都のハンターギルドは混み合っている。ちょうどランキングが発表された直後ということもあり、報酬の受け取りに来たプレイヤーが一気に押し寄せてきたのだ。


「あら、ミユさんとアイリさん。報酬の受け取りですか?」


「ステラさん! こんにちは!」


「どーも、ステラさん。ギルマスはちゃんと働いてるのかな?」


「ふふふあのオッサンこの忙しい中どこに行ってるのでしょうふふふ」


 背後にブリザードを吹かせながら、ステラは虚ろな目で書類を抱え直す。もしギルマスの補佐である彼女がいなくなったら、このギルドは立ちいかなくなるだろう。


「まぁ、臨時のバイトも雇ってますし、専用カウンターも作りましたから何とかなると思いますけど……やはりギルマスが不在だと決済業務が滞ってしょうがないですね」


「会ったらガツンと言っておくので、安心してステラさん!」


「ありがとうございます。アイリさん」


 無表情だったステラが一瞬口元を緩めて柔らかな笑みを浮かべる。それに見惚れるミユとアイリの顔は真っ赤だ。

 そしてギルド内をもざわつかせたステラだが、すぐにメガネをクイッと指で押し上げると「では失礼します」とポニーテールの水色の髪ををゆらしながら去って行った。

 比較的早く再起動したミユは、まだ少し赤い頬に手を当てて呟く。


「今のは破壊力あったね……」


「そういえばNPCの女性人気ランキングで一位だったみたいだよステラさん。二位は酒場のボインちゃんだった気がする」


 なぜか詳しい情報を出すアイリだが、酒場の女性のことは雑に取り扱っている。仄暗い目をする親友に対し、ミユは絶対に胸部の話をしないようにしようと固く誓うのであった。






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