71、両手に花の共同作業(旅の薬師)
聖王国、王都周辺の草原に現れる魔獣は、イベントに必要な素材を落とす。それをNPCに売りイベントポイントを得て、ポイントの高いプレイヤーが今回の勝者となる。
……はずなのだが。
「渡り人たちはいっぱい素材を売ってくれるって聞いてるんだけど……」
「そうよ! でも、それとこれとは別よ!」
「アイリ……ほら、旅人さん困ってるから早く売ってあげなよ」
「ダメよ! 値段交渉しないと!」
このゲームでは売買するにあたり金額の交渉をすることができる。しかし通常時ながらともかく、今はとにかく早く素材を売ってポイントを集めるのがイベントの勝者になる近道だ。交渉なぞいちいちやるプレイヤーはいない。
「ああ、まぁいいかな。お嬢さんたち可愛いし高く買い取るよ」
「そうこなくちゃ!」
満面の笑みを浮かべるアイリとは対照的に、ミユは薬師の一樹に向かって「すみません」とペコペコ謝っている。申し訳なさそうなミユを見て、可哀想に思った一樹はフォローを入れる。
「大丈夫だよ優しいお嬢さん。今なら普段より少し高めに国が買い取ってくれるんだ」
「国、ですか?」
「あと一週間だけになるけどね。だから今は稼ぎどきなんだ」
「そうなの? なら直接私たちが国に買い取ってもらえばいいじゃない」
「お嬢さんたちは渡り人でしょ? 国民じゃないから無理だよ」
「あなただって旅の薬師じゃない」
「生まれは聖王国だよ。国境近くの田舎に住んでいたけど、一応国民」
ずるーいと騒ぐアイリをなだめる一樹の姿に、ミユは目を離すことができなかった。皮の素材の胸当てとベルト、いかにも旅人といった感じの大きめなフード付きマントと大きなリュック。伸びた茶色の前髪は目にかかっているため鼻と口しか見えないが、その整った顔立ちにミユは思わず見惚れてしまう。
「ん? 俺に興味あるの?」
「いえ、あの、すみません。知り合いに似てるって思って……」
「そ、そう?」
顔を赤くして俯くミユの愛らしさにうっかり動揺してしまった一樹は、次の瞬間刺すような視線を感じ思わず身構える。視線の主であるアイリは一樹を睨みながら口をパクパクと動かす。
『なにやってんの、おにいちゃん、ばかなの?』
『うるさい、しごとだよ』
お互い無音のやり取りをしながらも、一樹はギルマスモードもアイリにはバレているんじゃないかと落ち込む。自分ではうまく演技をしているつもりだったのに、と。
一樹はアイリの超がつくほど凄まじいブラコンだということに気づいていない。顔や体形はリアルとほぼ変わらないのだから、匂いや気配を出さないようにしてもバレるのは必然なのだ。ドンマイ。
「んじゃ、せっかくだから旅人さんに手伝ってもらいながら、ここら辺にいる魔獣を駆逐しよーう!」
「ええ!? ア、アイリちゃん、それは旅人さんに申し訳ないよ!!」
「ありがとう優しいお嬢さん、でもいいんだ。なんかこの子には逆らえない気がするから……」
「なんか、ほんとすみません!!」
こうして一樹はアイリたちがログアウトするまでの二時間、たっぷりしっぽり付き合うハメになるのだった。
付き合わされたとはいえ、一樹は薬師のレベルが上がりホクホクしながら王都へと戻る。これなら草原の向こうに行くのも可能だろうと思いながらも、この姿はイベント後にどうなるか分からないというのに気づき虚しい気持ちになる。
「プレイヤーじゃないからなぁ……終わっても薬師モード使えるように、相良さんに頼もうかな。ハリズリもいるし」
愛らしい柴犬に似たハリズリを手放すのは惜しい。それに旅人である薬師の姿なら、ミユがどの国に行っても付いて行くことができる。
「そうか。ミユさんを守るからって説得しよう。そうしよう」
コクコク頷きながら歩いていると、妙な臭いが辺りを漂っているのに気づく。痛みは感じられないようになっているが、ゲームの世界であっても五感は機能するようになっている。設定画面でオフにすることも出来るのだが、それをするものは少ない。
「何か焦げたような……?」
一樹は臭いの原因を突き止めようとキョロキョロと周りを見ていると、ドンという地響きに体がよろける。
「まーた始まったか」
「便利な道具を作るのはいいが、失敗した時のデカい音はやめてほしいな」
「あの子の道具には助けられてはいるんだけどねぇ……」
ヒソヒソと囁く王都のNPC住人たち。その内容を聞いて、一樹はすぐに思い出す。
「ああ、確かここら辺にコトリさんの工房があるんだっけ」
今日はアイリとミユに付き合って稼いだから、変わった魔道具を作るコトリのところで買い物をしようと、一樹はヒソヒソ話していた住人の一人から場所を聞いて向かうことにした。
建物と建物の間、狭い石畳みの小道を抜けると噴水のある小さな広場に出る。
「ん? こんな所、あったっけ?」
ギルマスになってから王都を隅々まで回ったと自負していた一樹は、ふと目の端に映るマップが真っ白になっていることに気づく。バグかと慌てるが、ログを確認しても特に異常は見つからない。戻ろうと後ろを見ると壁になっている。
広場は円形になっていて、地面に模様のようなものが描かれているため魔法陣のようにも見える。しゃがんだ一樹がモザイク画のようになっている地面に手を触れると、彼の手から光が伸びて模様を辿っていく。
「なんだ!?」
『ああ、やっと繋がった。やっほー、僕の声が聞こえるー?』
広場の真ん中の噴水から少年の声が聞こえる。少年が話す音量に呼応するかのように、噴水の水が高くなったり低くなったりしている。
「……誰だ?」
『誰って、この声が聞こえるなら関係者でしょ?』
「関係者?」
『え? 知らないで繋げたの? 勇者の関係者じゃないの?』
「は? 勇者?」
『おっかしいなぁ、本当に君は関係者じゃないの?』
次々と少年から質問をぶつけられる俺は、答えを返すどころか逆に質問をする。
「てゆか、お前は誰だよ」
『お前って言い方は失礼だなぁ……これでも僕は神様だよ。渡りの神っていうちょっとマイナーなやつだけどさ……』
「な、な、なんだってーーーー!?」
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