26、運営一樹の盲点(オリジン・エルフ)



 ログインすると同時に再びログアウトする一樹、出たり入ったり忙しないが思い出したことがあったのだ。

 ぬるりとした感触の蛍光ピンクな液体から抜け出し、簡易テーブルに置いてあるノートパソコンを開く。そこでいくつかの認証をクリアして開いた画面は、描きかけの世界地図だった。

 いくつかある国の一つ『エルフの国』を選択すると、そのままズームアップしていきエルフの町や、神殿の詳細地図が浮かび上がる。

 さらにズームアップしていくと、光る点がいくつも現れる。現在どこに誰がいるのかを示すものだ。点にカーソルを合わせると名前が出てくる。もちろんそのまま詳細情報を見ることもできる。これは管理する側の運営NPCである一樹だからこその権限であった。


「これをログインしてすぐ開く余裕はないけど、入る前に確認すれば最悪『ログイン時の全裸』が見られることはない。てゆか、運営やってるくせになぜ気づかないんだ俺は……」


 上司相良からの命令により、『エターナル・ワールド』でプレイするミユの警護をすることになった一樹は、悩みの種だった『ログイン時の全裸』という謎の仕様に悩んでいたが、それは全くの杞憂だったことに気づく。

 そして思い出すのは、相良の楽しそうな笑顔だ。


「くそっ、分かってて楽しんでいたんだな。あの人は……」


 このことで相良を責めても、運営としての自覚と認識不足だと言われるのがオチだろう。それでも悔しく恥ずかしい思いをしたのをどうにかしたいが……。


「うん。こうなったら、とことんJKに癒されよう」


 妹の愛梨が聞いたら烈火のごとく怒りそうな言葉を呟きつつ、一樹は再びピンクの液体の中に入った。







 服と下着(フンドシ)を身につけ寝室を出ると、待っていたのはエルフ兵長のルトだった。


「ルト、アイ……ミユさんのお連れの方は?」


「ご家族とのお約束があるとかで、帰られました」


「そう、ご苦労様」


「ミユ様は食堂でプラノがお相手しています」


「じゃあ、行こうか」


 もちろん一樹はアイリがログアウトしたのを確認済みだった。今日は父親が久しぶりに日本に帰ってきたから恒例の食事会があるはずだ。母親から「しっかり仕事を頑張りなさい」というメッセージがあり、その言葉に甘えて今回一樹は不参加にしてもらった。

 今はリアルで妹の愛梨に会わないほうが良いと思っている一樹。なぜならば、早々にボロが出そうな予感がしているからだ。NPCとして演じる以前に、一樹自身に心構えができていないのが一番の問題かもしれない。


「キュン!!」


「シラユキ、こら、お留守番していなさい」


「キュン!! キュン!!」


 オリジン一樹の足に、一生懸命に顔を擦り付ける白い獣は愛らしい。食堂に行くのに連れて行くのはどうだろうと迷う一樹に、ルトが控えめに進言してきた。


「シラユキ殿は最近忙しいオリジン様に遠慮して、しっかりと留守番をしておられました。常駐エルフ兵が交互にお相手しておりましたが、眷属であるシラユキ殿はやはりオリジン様の側にいたいのです。神殿におられる時だけでも一緒にいてあげてください」


「ルト……そうですね。ごめんシラユキ、ミユさんならきっと食堂にいても許してくれると思うけど、大人しくするんですよ」


「キュン!!」


 もちろん! といった感じでシラユキはひと声鳴くと、一樹の胸元くらいの高さまでジャンプして飛びついてきた。その身体能力に驚きつつ、しっかりと抱きとめてやりモフモフ撫でてやる。耳あたりをクニクニすると、気持ちよさそうに目を細めた。黒目かと思ったが、光の加減で青くなるその瞳の色はオリジン一樹と同じ青色だ。


「シラユキの目は、眷属になってから変わっていったのかもしれませんね……」


「オリジン様の力を得て成長していますからね」


 一樹の前を歩くルトは静々と歩きつつ応答している。シラユキは神殿内を興味深そうにキョロキョロ見回したり、空気の匂いを嗅いだりして忙しない。そんな白い獣を落ち着かせるように一樹は優しつ撫でながら、ミユの待つ食堂に入った。


「遅くなって申し訳ないです。ミユさん」


「いえ、そんな……ご招待ありがとうございます。作法が分からないのでご不快だったらすみません」


「王族ではないんですから楽にしててください」


「エルフの神様なんですから、王族よりも上じゃないですか!」


「この小さなエルフの国でさえ見守るのはとても大変です。だから私は王族の方々を本当に尊敬していますよ……ああ、そうです。この子を食堂に入れてもいいですか?」


「うわぁ!! 可愛いです!!」


 そう言ってうっすら頬を薄ピンクに染めて目を輝かせるミユに、一樹は内心「可愛いのはアンタじゃああああ!!」と叫んでいたが、表には一切出すことはなくひたすら穏やかな笑みで感情の嵐をやり過ごして行く。


 給仕する神官エルフに指示を出しつつ、プラノはオリジンの側にいくとシラユキをそっと抱き上げる。そして触りたそうにうずうずしているミユの所に持っていき、そっと抱かせてやる。

 テーブルは広く部屋いっぱいに長い造りだ。上座にいるオリジンの斜め前にミユが座っているのは、これからのことを話し合うため……という名目であったが、実は伴侶の座る席でもある。一樹の知らない間に着々と土台作りが始まっているようだ。恐ろしい子、プラノである。


「食事をしながらで申し訳ないのですが、少しお話しても良いですか?」


「はい」


 料理が並んだところで一樹は話し出す。ミユもナイフとフォークを使うため、再びプラノにシラユキを渡そうとするが、彼女の膝からするりと床に降りてスタタッとオリジンの足元にお行儀よくお座りした。子犬の状態であるためか、片足がテレッと出てしまっているのが愛らしい。


「ではミユさん、これからこの世界で何を成すつもりか教えていただいても?」


「え……」


 穏やかに微笑むオリジンを前にして、一介の治癒師であるミユは質問の内容を理解するまで少し時間がかかってしまう。戸惑う様子のミユに向かって、エルフの神は片手を軽く上げた。


「すみません、聞き方が悪かったですね。ミユさんはなぜ色々と大変な思いをしているにも関わらず、この世界に固執するのですか?」


「あ、あの……私……どうしてもこの世界で、会いたい人たちがいるんです」


 この時ミユは、今まで誰にも言えなかった自分の気持ちを初めて吐露した。その相手が運営でありNPCでもある一樹だったという一つの偶然が、今後の彼女にとって大きな助けとなるのである。


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