27、かさなる二つと涙(オリジン・エルフ)



 この世界に会いたい人たちがいる。

 そう言うと、ミユは悲しげな顔をしたまま黙ってしまった。基本的にフェミニストである一樹にとって、女の子の悲しい顔や涙は見ているだけで辛いものだ。


「ミユさん、詳しい話はいつか聞かせてください。このことを言うだけでも大変な勇気がいったのでしょう?」


 オリジンと一樹が重なって出たその言葉には何の飾りもなく、ただ真っ直ぐにミユの心へと落ちていった。そしてその温かな言葉たちは、ずっと気を張っていたミユを癒していく。


「お、おりじんさま……うう……」


 ミユのそのパチリとした大きな目が潤み透明な膜が張ったかと思うと、水晶のように透明でキラキラした涙がポロポロ溢れていく。思わず一樹は席を立ちミユ隣に跪いたところまでは良いが、いかんせん涙を拭くものを彼は持っていない。彼の身に着けているものといえば貫頭衣とフンドシのみである。

 しかし一樹は、さらに零れ落ちる涙を反射的に指ですくってやる。

 驚いたようなミユの顔に、残った雫が一粒ポロリと落ちるのをもう一度親指ですくってやる。


「心優しいミユさんは、流す涙も綺麗なんですね」


 微笑むオリジン一樹は、指先についたミユの涙に口付ける。それを見た彼女の顔はゲームの中であるにもかかわらず真っ赤に染まり、感情を読み取るシステムが高機能であることを証明した。そしてなぜかプラノの頬も赤い。


「おおおおおおりじんしゃま!?」


「なぜか甘く感じますね」


 ふむふむと頷くオリジン一樹は大きめの咳払いを耳にする。その音で我に返った一樹は心の中で「俺は今、何をやった……?」と動揺しつつも、決して表には出さずにプラノの方を向く。有能なエルフの神官長は、苦笑しつつ口を開いた。


「オリジン様、お食事の続きを」


「キュン!!」


 おとなしくしていたシラユキにまで呆れたように鳴かれ、一樹は席に戻って食事を再開する。

 唯一の救いは、ミユが嫌そうにしていなかったことだろう。そういうNPCだと思ってくれたのかもしれない。


(俺は、マジで変態なのかも……つか、演じているとはいえ、クサすぎるだろ)


 この後、ログアウトして挙動不審だった一樹を怪しんだ相良に、ログを見られて大爆笑されることになる。

 ゲーム内ではできるポーカーフェイスを、リアルでも出来るようになりたいと一樹は切に願うのだった。







 一樹の管轄下である『エルフの国』のイベントの期間は、残り半月を切っていた。

 神官長であるプラノが命をかけて『強き魔獣』を封印するというエンドが、討伐失敗ということになる。しかし一樹がそれをさせない気満々であった。


「運営としての権限内で、なんとか出来そうだよな。精霊王も討伐に参戦する気満々だったし……。まぁ、プレイヤー主体でやらないとだから、しっかりブレーキかけとかないと……」


 なぜか一樹に懐いている、小さな精霊たちが呼んできたのは風の精霊王。彼女?は己を気まぐれな存在だと言いつつも、何かにつけ一樹の願いを聞いてくれている。彼が願えばエルフの少年を一人救うくらい造作もないことだろう。

 エルフの神殿より奥にある、イベント用に配置された魔獣たちを討伐するには、エルフの国で採れる素材を得て武器や防具を手に入れる必要がある。

 国を解放してから程なくして、生産職のプレイヤーたちもどんどんエルフの町に入ってきた。彼らはエルフ達から技術を学ぶと、ハンターであるプレイヤーから素材を買い取り、様々な武器や防具を作っては売っている。

 ハンターとして前衛で戦う者と後衛で彼らを補佐する者、武器や防具そして薬や魔道具などの生産する者は、プレイヤーの安全性を高めるのに一役買っていた。


「もうそろそろ、ファーストアタックするのかな……徹夜は辛いから、アラームつけとくか……ん? これ結構美味いかも」


 広いラウンジには相変わらずほとんど人がいない。これでも結構な社員数のはずなのだが、一樹の来る時間帯にたまたま人がいないのか、そもそも利用者が少ないのかもしれない。

 いつもの生姜焼き定食に飽きた一樹は、厚切り豚カツ定食にチャレンジしていた。おかわりできる千切りキャベツにごまドレッシングと和風ドレッシングを交互に楽しみながら腹を膨らませる。

 最近の一樹は傍目からは運動していないように見えているが、VRMMOの最新機器が設置されている社用のマシンを使用しているため運動量は以前より多いくらいである。あの大きなカプセルのようなマシンは、ゲーム内で体感した運動や経験などがリアルでも反映される仕様となっているのだ。

 つまり、ゲーム内で筋トレすればリアルでも反映され、食べ物さえ気をつければ寝ながらにしてムキムキマッチョも夢ではない。


「鶏肉とか大豆製品とか、ログアウトしてから摂取しないようにしなくちゃな。なんかまた筋肉がついてきた気がするんだよなぁ……」


 細マッチョというよりもその上のソフトマッチョになりつつある一樹は、なんとか現状維持をしたいと思っている。週に一回は体型をスキャンされるため、常にリアルな自分が投影されてしまう。

 ちなみに、プレイヤーはゲーム内のアバター年齢を設定できる。コンピューターで未来や過去の自分を予測してもらえるのも、このゲームの楽しみ方の一つでもある。しかし年齢で体型なども変わってしまうため、リアルと違う自分の動きに違和感を感じるというデメリットがある。ゲームスタート後の年齢変更はリアルマネー(現金)がかかるので、初期の年齢設定はしっかりと考えた方がいいだろう。


「運営NPCは、すでにキャラクターが決まっているから何も設定できないっつーのもな……エルフの国のイベント終わったら、少しは暇になるのかな……」


 そこで一樹は気づく。

 イベントが終わったら……?


「プレイヤーである彼女を見守るって、オリジンのまま彼女について行くのか?」



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