28、決意する一樹と迫る危機
「見守るのはエルフの国のみで、とりあえずイベントが終わるまでってことになっていたけど……なんかキナ臭いのよね」
「キナ臭い? 何がですか?」
「何もかもよ」
ログアウトするやいなや一樹は服を着ると、上司である相良のいる作業部屋へと急いだ。そして一樹が部屋に入るなり彼女は開口一番「キナ臭い」発言をする。
相良は白衣の袖をまくると乱暴に椅子を引き寄せて座り、凄まじい勢いでキーボードを叩くと文書が表示された画面を指差す。
「これ、見て」
「調査報告書……これ、この前の……」
「ログの改変とか、妙なアイテムとか、ハッキングの疑いもあったから上に投げたんだけど……」
「異常なし、ですか」
「おかしいでしょ。これを出した人も首を傾げていたわ」
「でも彼女は明らかに狙われていました。その原因が掴めない限りは、彼女を一人には出来ないです」
「当たり前よ! オリジンとJKを同棲させるところまで進展しているんだから、二人を引き離すなんて出来ない!」
「そういうことじゃないでしょ……」
ガックリと項垂れる一樹を気にすることなく相良はマイペースに続ける。
「仕事増えてもいいなら、あの子の側にいる方法はあるけど……やる?」
「残業が増えるってことですか?」
「仕事量も残業も増えると思うわ。家にいるより会社に住んじゃうくらいに」
「そんなの……」
一樹は脳裏に浮かんだ愛らしい笑顔を、そのままギュッと目を閉じて心の中にしまいこむ。彼女を大切にしたいと、傷ついて欲しくないと強く思った。
「どんと来いです!」
「愛ね! ドッキングカウントダウンね!」
「やめて! それ犯罪だから!」
己の上司がどんどん残念になっていく気がしないでもないが、目の下のクマを見る限り彼女も色々と手をつくしてくれているようだ。そんな彼女からの提案を受け入れないという選択肢は、一樹の中に無かった。
会社のビルに隣接するホテルは、社員用宿泊施設にもなっている。
専用通路を通るため、一般客と顔を合わせることはない。一樹はホテルの静かな廊下を歩くこと数分、あてがわれた部屋のドアにある認証システムに社員証をかざし部屋の中に入る。
ユニットバスだが風呂もトイレも付いており、セミダブルサイズののベッドが嬉しい。テレビをつけて適当に流したままベッドにボフンとダイブする。
ここが普通のホテルと違うところは、各部屋に付属のノートパソコンが置かれているのと、無料の飲み物や食べ物が豊富に置かれていることだろう。食べ物はレンジで温めるタイプのものだが、どれも星が数個つくレストランで作られた料理だ。
宿泊施設で仕事をする社員もいるらしい。運営NPCは別として普通の社員はパソコンさえあれば働けるが、秘匿する情報が多いため環境を変えるにも場所が限られてしまう。息の詰まるような業務を少しでも緩和させようと、このような「至れり尽くせり」状態になっているらしい。
「確かに、ホテルに泊まるのってテンション上がるよな。料理は美味しいし、でかいスポーツジムもスパ施設もあるし」
この大手ゲーム会社『CLAUS』は、福利厚生をとにかく充実させている。仕事柄なかなか家に帰れない社員もいるが、休日には家族サービスできるような旅行などのプランも提供してくれるのだ。
「キナ臭い……か」
相良の言葉は一樹を不安にさせた。あの言い方だと会社がというよりはむしろ……。
「いや、考えるのはよそう。俺は俺に出来ることを、出来る範囲でやるんだ」
せめてミユだけでも守ってやりたいと考えていると、ジーンズのポケットに入れっぱなしにしていたスマホの震動に気づく。
「ん? 愛梨か……もしもし、どうした?」
『やっぱり、お兄ちゃんだったんだね』
「はぁ? 何が?」
『エルフの国の……ううん、なんでもない』
「なんだそれ」
『今まだ会社にいるんだよね。お兄ちゃん無職にしたくないし……また電話するねー』
愛梨との通話が終わると共に、会話の内容が一樹の中でフィードバックされる。思わず叫びそうになり口を押さえる。
(まさか……バレた? いやいや偽装は完璧だったはずだ)
何か見落としているのかと先ほどの会話の内容を頭の中で繰り返す。出だしは「やっぱり、お兄ちゃんだったんだね」と言っていた愛梨は何に気づいたのか……。
「……声か?」
ゲームの中で発する声は、もちろんリアルと同じではない。電子の音で発する音声で再現された自分の声に違和感を持つものは多いだろう。それを妹の愛梨は『オリジン・エルフ』の中に兄がいることに気づいたのはなぜかといえば、同じく電子の音で声を作るスマホでの会話だろう。
「ああ、まずいなぁ」
このままではゲーム内でミユを守るどころか、社員としていられなくなる危険性がある。救いは愛梨が身バレしたら会社をクビになるというのを理解していることだ。
愛梨のことだから事前に調べたのだろう。なぜか彼女は昔から独自の情報網のようなものを持っていた。妹が優秀すぎるのは一樹にとってコンプレックスになりそうなものだったが、年が離れているのもあり逆に兄バカになっている状態だ。
「オリジンでは多少演技はしてても、声は素の状態に近かったからな。今更変えるわけにもいかないし……」
愛梨はゲームの中でミユと行動を共にするだろう。そうなるとますます一樹は彼女の側にいることが難しくなってしまう。
「ちょっと痛いけど、俺の考えと相楽さんの提案を合わせて進めてみよう。痛いけど」
まずは『強き魔獣』イベントだと、気持ちを切り替えた一樹は気合いを入れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます