29、イベントでのボス戦、ミユとアイリ


 神殿の先にある森の奥で巨大な紫の獣が立ち上がる。

 響く唸り声は大地を揺らし、真っ赤に裂けた口に並ぶ鋭い牙は、一本一本が1メートルは超えるだろう。そこから実際どれほどその獣が大きいのか、想像を絶するものがある。


「あれが……『強き魔獣』ですか」


「怖いですか? プラノ」


「いいえオリジン様。何があっても私は生き延びてみせます」


「前線にいる渡り人たち……彼らには渡りの神の加護があります。この世界で倒れても蘇ることができますし、彼らなら必ず魔獣を討伐するでしょう。彼らは討伐を専門とするプロですから」


「はい! それにしても、渡り人とは凄まじい戦いをするのですね……」


 神殿の一番高い場所にあるバルコニーからはプレイヤーたちの動きがよく見える。

 運営としての能力で自分にしか見えないウィンドウを、いくつか開いて各所ズームアップさせている。町にいるNPCのエルフたちやエルフ兵たちの様子も把握し、何かあればすぐさま助けに入るように一樹は準備していた。

 プレイヤーは復活するがNPCは復活できない。仮にもエルフの神であるオリジン一樹は、しっかりとNPCの彼らだけは助けるつもりだ。

 いくつかあるウィンドウの一つに、治癒師として奮闘するミユがいた。妹のアイリは双剣を使う剣士として前線に出ているが、特に見守ることはしていない。リアルでの彼女の強さを知っているからこそのあえての放置である。

 というよりも、ゲーム内では妹と離れていないと危ない。一樹はまだクビになりたくないのだ。








 あれからアイリと共にかなりレベルを上げたミユは、離れた所にいるプレイヤーにも回復魔法が使えるようになっていた。戦闘が苦手な治癒師はレベルが上がりづらく、ミユのように中級の回復魔法まで使えるプレイヤーは少ないため重宝されていた。

 生産職である薬師たちから魔力(魔法を使う力)の回復薬をもらい、飲みながら次々と負傷するプレイヤーを回復させる。魔獣は大きいし動きは鈍いが体力が半端なく高いため、何度もアタックしていき少しずつダメージを与えていくしかない。ボス戦と呼ばれるこの戦いは、何日もかける総力戦なのだ。

 この『強き魔獣』は、ジワジワと神殿に近づいている。神殿まで到達してしまった場合、討伐失敗となり神官エルフが犠牲となってしまう。プレイヤーも何ももらえず、この戦いで消耗したものは何も取り戻せなくなるため皆必死だ。

 イベントでは、前衛も後衛も生産職も分け隔てなく貢献度が貰える。それによって討伐が成功し、MVPなど取れれば一攫千金も夢ではない。参加していれば貢献度によってボーナスも貰えるので美味しい事づくしである。


「やっと三分の一ってところかな」


「アイリ! お疲れ! 回復する?」


「平気よ。ダメージは受けてないけど、集中力がなくなってきたから一度戻ってきただけ」


「さすがだね!」


 すらりとしたモデルのような体型に、布地の面積の少ない皮のボディースーツがよく似合っている。ショートボブの黒髪をサラリと揺らし微笑む彼女に、後衛で補助する男性プレイヤーたちが見惚れてしまっていた。するとどこからともなくハリセンを持った女性プレイヤーが現れ、片っ端から男どもの頭をスパンスパン叩いていって彼らを正気に戻している。


「あはは、何あれ、武器かな?」


「あの人面白いよね。コトリさんっていって、便利アイテムみたいな魔法の道具を作る人なんだって」


「ふぅん……生産職なのに、見事なハリセンさばきね」


 自分の体半分くらいの大きさもあるハリセンを、彼女は綺麗なスィングで的確に相手の後頭部を狙って当てていく。スパーンといういい音と共に、星やハートの光るエフェクトが出てくるところに彼女の妙なこだわりを感じた。

 ちなみに、このコトリの行動にも貢献度が入っている。


「今は臨時でパーティ組んでいる状態だけど、通常ならダメージ入っちゃうよね」


「一応武器扱いなんだ?」


「さっきコトリさんが教えてくれたんだけど、星のエフェクトが出るときはスタン、ハートのエフェクトが出るときは魅了状態が解除されるんだって」


「無駄にハイスペックね……」


 少し呆れたようなアイリの目の前に何かが通ったと思うと、ミユの近くに小さな緑の光が舞っていた。


「私、そろそろ戻らないと。夜中にログインする人たちもう来るよね?


「大丈夫でしょ。それで今のって……精霊?」


「うん、あの、神殿に呼ばれてて……この前、精霊魔法の適性があるって神殿の神官エルフさんに言われて……ログアウト前に少しずつ教えてもらっているの。今はイベント中だから初級くらいしか出来ないけど、もしかしたら何か力になれるかもしれないから……」


「なるほど……そうね。色々出来るようになるのは良いことだと思う」


「そうだよね。ありがとうアイリ。じゃ、また学校で! おやすみ!」


「おやすみー」


 心なしか薄っすらと染まった頬を隠すように、神殿の方へ駆けていくミユを見送るアイリはやれやれとため息を吐いた。


「あの中には多分お兄ちゃんがいるんだよね。でも、ミユはその事を知らないで、NPCとして接している……ようには見えないんだよなぁ」


 ミユもアイリも十八歳までもうすぐではあるが、高校生である。せめて兄が法に触れることにならないようにと密かに心配するアイリであったが、まさか二人がゲーム内とはいえ同棲状態になっているなどと、彼女には考えもつかない事だった。

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