30、精霊魔法とは(オリジン・エルフ)
世間では二次元……いわゆるアニメや漫画のキャラクターなどに恋愛感情を持つ人たちがいる。
そんな話を聞いてもミユは「変わった人もいるんだなぁ」と思ういう程度で、特に気にしていなかった。それがおかしいとか変だと笑う人たちもいる。しかしミユは「確かに変わっているとは思うけど、誰かに迷惑をかけたわけでもないのになぜあれこれ言うんだろう」と不思議に思っていた。
しかしその次元の違う愛を探求する人たちの中に、まさか自分が加わっているかもしれないという考えに至ったミユは少しだけ困惑している。
「考えてもしょうがないよね。でも彼がNPCだっていうのはちゃんと認識しておかないと」
エルフの国イベントでの主要キャラであるNPC『オリジン・エルフ』は、プレイヤーの中でも人気が高い。今までもいくつかイベントがあったりしたけど、獣人の国イベントでの猫耳女子や、王都イベントのイケメン聖騎士の人気に追いつきそうな勢いになっていた。
「色々あったから相手してくれているけど、本当は話もできない相手なんだよね」
オリジンの姿を見ることはできるが、彼と直接会話するには多くのイベントをこなさないといけない。それはイベントが終わっても出来ることなので、現在プレイヤーたちは『強き魔獣』の討伐戦を優先させていた。
「魔獣の討伐も大事だけど、私自身も強くならないと……毎回助けてもらえるわけじゃないし、この世界を隅々まで探すにはもっとレベルを上げないと……」
ミユが一人で気合いを入れていると、小さな緑の光がいくつも集まってくる。周辺に人がいないのをどう確認しているかは不思議なのだが、彼女が神殿へ向かうといつも精霊たちが集まって魔法陣が作られて転移の魔法が施されるのだ。
光に包まれたミユが現れたのは、神殿内にあるオリジン専用の応接室である。
「お疲れ様ですミユ様。お風呂の準備ができておりますが、先に入浴されますか?」
「はい、お願いします」
神殿に入るのに一応身なりに気を使ってきたミユだが、なんとなく血なまぐさい魔獣との戦いの後でオリジンに会うのは気が引けた。その申し出をありがたく受けたミユは、さっそく風呂場へと向かう。
真っ白な石造りの風呂場はちょっとしたスパ施設のような広さだ。女性のいない神殿では表に『入浴中』という札をかける必要があるが、プラノが準備しているため誰かが入ってくる心配はない。
さっと服を脱いで桶に湯を汲み汗を流し、いくつかある石鹸で香りを楽しみつつ髪や体を洗う。現実とは少し違うけれど、その感覚はかなりリアルに再現されていてハーブのような香りでリラックスできる。これのリラックスがないと、この後の精霊魔法の講習の出来が違うのは何回か受けて気づいたことだ。脳がリラックスした状態が、精霊魔法を習得できる近道なのかもしれない。
精霊魔法を教えてくれているのはプラノなのだが、毎回オリジンも何か作業しながら見守ってくれている。現状なるべく近くにいる必要があるとはいえ、少しくすぐったい気持ちになるミユだった。
「素質のある人には精霊の発する光が見えます。渡り人の中でも見える人と見えない人がいます。そしてエルフの中にも素質がない者もいるのです」
「エルフの方々は皆さん精霊が見えるのかと思っていました」
「寿命が長いのと独自の能力はあれども、精霊に関しては素質に左右されます」
なるほどと頷くミユと、少し離れた所にいるオリジン一樹も心の中で頷いている。
ミユに精霊魔法の素質があることは一樹にとっても幸いだった。マニュアルにある精霊魔法についてのことよりも、プラノの語るものはより深いものだったからだ。
リアルでも通用する事柄でないものに関してはゲーム内で学ぶしかない。魔法や精霊、この世界独特の生き物などはマニュアルに載っていても理解するまでに時間がかかってしまう。だからこそ、この世界で生きる者から学ぶのが一番の近道なのだが、これを知る者はプレイヤーの中にほとんどいなかったりする。
「ここでしっかり精霊について理解しておけば、他の渡り人の精霊使いよりも成長が早くなりますよ」
「そういえば……魔法使いや精霊使い、召喚師などもレベルが上がりづらいって聞きますね」
「レベルとは強さのことでしょうか。そうですね……彼らは何も知識のない状態で魔法などを使用しているのでは? 魔力と文言があれば魔法は発動しますが、なぜ発動するのか、なぜ文言が必要なのか『世界の理』を理解していなければ威力も弱いでしょうね」
「そういえば、治癒魔法もギルドの人に言われて治癒院でお手伝いしながらレベルを上げました。体を巡る力をしっかり診て、自分の力を乗せて癒すというのを何度も繰り返して……」
「それは素晴らしいことです。同じように精霊魔法は精霊と対話して精霊を巡る力を理解し、それを何度も繰り返して精霊の力を引き出したり、時には精霊を呼び出したり出来るようになるんですよ」
「精霊を呼び出す……私たちのところには、そういうことは出来ないってなっています」
「そうなんですか? ミユ様はその一部をもうお使いになられていますよ?」
「え!?」
「いつも魔獣の討伐隊に加わっていて、そろそろというときに精霊が来ませんか?」
「はい、オリジン様の使いの精霊さんたちですよね」
そう言ってミユはオリジン一樹を見ると、ゆったりとソファに腰掛けている彼は微笑んで口を開く。
「神殿に転移させるようにと精霊たちに頼んでいるけど、ミユさんが呼びかけないとこの子たちは動かないんですよ」
常にオリジンの周りを飛び交う何色かの精霊たちは、その通りだと言うように彼の銀髪をふわりと揺らした。
「し、知らなかったです……」
「そうですね……ですが、オリジン様のように複雑なことを精霊に頼むのはあまりないのですが……特に下級精霊はヒトでいうところの幼児のような存在なのです。その子たちに転移魔法陣を作らせるとか、普通は有り得ないことなので参考にはなりません」
「さすがオリジン様ですね!」
すごいと瞳を輝かせるミユに、一樹は穏やかに微笑みながらも内心は動揺している。下級精霊は目立たないだろうからと便利に使っていたが、普通でないなら一体どういうことなんだと慌ててログを見るが特にバグは見つからない。
(バグではないのなら、この世界で有り得ないと言われてもやれば出来るもんなんだろうな)
なら気にすることはないとホッとするものの、精霊魔法についてはしっかり勉強せねばと反省する一樹であった。
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