31、説明書はちゃんと読もう(オリジン・エルフ)


 リアルタイムでは21時をまわっていた。

 エルフの国イベントの一ヶ月という期間で、残り三日というギリギリのところであったが、プレイヤー達によって無事『強き魔獣』を討伐完了することができた。

 大規模討伐のイベントは終わったものの、エルフの国は解放されたばかりだ。まだまだ多くのNPCとのイベントや未確認の魔獣や素材が眠っているため、今後も人の出入りは途絶えないだろう。

 神殿には多くのプレイヤーが集まっていた。そこではイベントの中心となるNPC、エルフの神である『オリジン・エルフ』が討伐の報酬を発表するとのことだったからだ。


「今回、弓術使える奴らがポイント稼いでいたよなー」

「精霊魔法とかも、結構おいしかったって」

「ダメダメ、あんな不遇な職業じゃ。火力不足だし魔力は食うし……」


 オリジンの登場を待つプレイヤー達の会話をなんとなく聞いていたミユは首を傾げる。それに気づいたのは隣にいたアイリだった。


「どうしたのミユ、変な顔しちゃって」


「変な顔とは失礼な! ……じゃなくて、精霊魔法に魔力使うって言ってるから」


「魔力は使うでしょ? ゲームのマニュアルにもあったし」


「まにゅある?」


「え、まさかミユって説明書とか読まない派?」


「ううん、そうじゃなくて。私の使っているのはもらったやつだから、説明書とか付いてなかったんだよね」


「あー、そうか。だからミユは普通の人と違うやり方してるんだ。いくらあのナントカっている人に言われたからって、治癒師スタートとか驚いたよ」


「普通は違うの?」


「私はレア職が当たったからこの剣士スタイルにしているけど、普通は体力の多い職業である程度強くしてから転職して治癒師になる人が多いみたい。そうじゃなきゃ、すぐやられちゃうでしょ?」


「そ、そう、なんだ……」


 確かにアイリの言う通りである。治癒師は魔力や精神力といった魔法を使う能力は高いが、戦士や剣士のような体力や戦闘能力がないため一人では戦闘では不利になってしまう。そこで、アイリが言ったように戦闘能力の高い職についてから治癒師に転職するプレイヤー達が多い。


「ん? どうしたのミユ?」


「な、なななんでもないよ! わ、私もマニュアル読まないとダメだなーって! あははっ!」


「……ミユ、誤魔化すの下手すぎだよ。何を隠しているの」


「うう、後で言うよ。オリジン様の発表が終わったら」


「了解」


 いい笑顔で頷くアイリに、ミユはため息を吐いてションボリとしている。

 秘密にしておけと言われていたが、何となくアイリには言っても良い気がするとミユは自己完結をしていたが、不意に神殿の方向を見る。


「どうしたの?」


「来るよ」


 なぜ分かるのかとアイリが問おうとしたその時、花のような香りを伴った風が神殿へ向かって吹き抜ける。その風には様々な色の花びらが舞い、プレイヤー達の視線を集めるとそのまま神殿のバルコニーまで一気に集まってふわりと消えた。

 長い銀髪はゆるりと編まれ、肩からその鍛えられているであろう胸筋に落とされている。群青と明るい青、それにほのかな緑の複雑な色の瞳は見る人を惹きこんでしまう不思議な色をしていた。白く裾の長い貫頭衣は、常にゆるく風をはらみふんわりと浮いている。

 飛び抜けて美少年の神官エルフを伴い、穏やかな笑みを浮かべて神殿のバルコニーに現れた美丈夫。彼こそエルフの神と呼ばれる『オリジン・エルフ』であった。


「うーん、よく見えないなぁー」


「はぅ……オリジン様かっこいい……」


「よく見えるねミユ……いや、ミユだけじゃないか」


 呆れたように言ったアイリだったが、周りの女性プレイヤーのほとんどがオリジンに見惚れている。男性プレイヤーもエルフ特有の華奢には到底見えないオリジンの体躯を憧れた目で見る者もいる。一部頬を赤らめる男子もいるが、アイリは見なかったことにした。オリジンが兄ならば、また一つ彼にとって悲しい歴史が増えてしまうからだ。


「渡りの神に選ばれし、渡り人たちよ。我らエルフの国を守り、戦ってくれたことに感謝します」


 魔法で声を響かせているのか、オリジンの声は広く響き渡る。


「私の信奉者であるエルフの神官……ここにいるプラノを救っていただいたこと、エルフの神として、この世界の一つの存在として、これから先ずっと忘れることはないでしょう」


 神として頭を下げることができないと言って、オリジンは少し悲しげに俯くのを見たお姉様プレイヤー達が、皆一様に胸をときめかせているのが分かる。それが少し面白くないと感じるミユを、アイリは楽しげに見ている。


「報酬はプラノが読み上げます。素晴らしい功績を残された方は、後ほど神殿へいらしてくださいね」


 神官長のプラノは巻物を広げ、貢献度の高い順に名前を読み上げていく。集まったプレイヤーたちの各所で起こる歓声に笑顔をみせるオリジン一樹だったが、実際のところ彼は冷や汗を流していた。

 以前、処罰を与えるために多くの人の前に立った一樹だったが、それはNPCたちの前だから特に緊張はしていなかった。

 しかし今回はリアルの人達の前に立つということで、オリジンの中にいる一樹の緊張は最高潮に達していた。


(こ、こんなに人が集まるなんて……!!)


 プラノは「さもありなん」といった様子で驚いている様子がまったくない。エルフの兵士長であるルトは神殿周辺の警備に走り回っていた。

 一樹は運営の仕事に手一杯で気づいていないが、実は以前上司の相良が彼に見せたエルフの国イベントのポスターは、パソコンサイトなどで使用されているだけではなかった。テレビCMや展示会でも使用されていて、一樹の……いや、彼の演じる『オリジン・エルフ』は今や『エターナル・ワールド』内で一位二位を争うほどの人気NPCとなっている。


(でも、これが終わればミユさんも旅立ってしまう。次にいく場所を聞き出さないと)


 プラノもルトもミユを気に入っているみたいだから、きっと寂しがるだろうなどと一樹はノホホンと考える。ところがこれが寂しがるどころの騒ぎではないと、彼は思い知ることになるのだった。




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