105、土の精霊王と出会う(旅の薬師)



「ワォーン♪」


「うわっ、なんだよハリズリ。今日は甘えただなぁ」


 ログインした薬師の一樹の足に、薄茶色の柴犬に似た体を押しつけてくるハリズリをわしゃわしゃ撫でてやる。

 狭いテントから外に出て周囲を見回すが、入った時と同じ状態のようだ。魔獣の存在は感じられない。


「生まれたばかりの精霊王を守るための聖域みたいなもんかな?」


 再び案内犬になったハリズリの尻を追いかけ、一樹は小一時間ほど洞窟の中を歩いた。

 やがて狭い通路から部屋のような場所に出た一樹は、やっとひと息をつけると大きく伸びをする。広場から奥を覗いてけば奥から黄色の光がちらほら漏れているのが分かった。


「すぐ見つかると思ったけど、結構かかったな……」


 今まで感じたことのない、濃密な土の気配に一樹は知らず鳥肌をたてていた。ハリズリの尻尾もぶわっと膨らんでいるのが可愛い。


 ゆっくり、恐る恐る奥へと歩いていけば、黄色く光る丸い物体が鎮座していた。


「ハリズリ、そこで待ってて」


「クゥン……」


 心配そうに一樹を見守るハリズリの視線を受けながら、そっと丸い物体に近づいていく。


「触っていいのか? いや、ここまで来たならやるしかない」


 ゴクリと喉を鳴らし、黄色く光る物体に一樹が手を伸ばそうとしたその瞬間、それはポフンと空気が抜けるような音をたてて弾ける。

 それと同時に、一樹の胸元に何かが柔らかいものが飛び込んできた。


『まんまー』


「はぁっ!?」


 ポワポワと揺れる薄い金茶色の髪に、小さな手足に柔らかな体。そして発する言葉は意味不明なものばかり……。


「え、ちょっと、これってどう見ても……赤ん坊だよね!?」


「ワゥン!」


『まぅー!』


 賛同するハリズリの後に同じく賛同?した赤子は、一樹の服をしっかりと握って離さない。そのまま抱いておくことにした彼の手つきは、妹の世話をしたことがあるおかげか手慣れていた。


『まっまー』


「僕はママじゃないよー」


『まんまー』


「ご飯でもないよー」


『まぅ!』


 知らず鍛えられている己の胸筋を、ご飯ならここにあるじゃないかとばかりに笑顔でぽふぽふ叩く赤子。一樹は思わず震え上がる。


「ちょ、ちょっと待って、それおっぱいじゃないから! 違うから!」


『まっま……まんま……』


 一樹の言葉に赤子は残念そうに指をしゃぶっている。とても愛らしい。

 しかし愛らしい赤子とはいえ、泣こうが喚こうが譲れない何かが一樹にはあるのだ。


「ご飯は置いておくとして、この子にはタオルでも巻いておくか。さすがに裸じゃ寒いだろうし」


 精霊だから寒さを感じるか不明だが、とりあえずは普通の赤子と同じように一樹は世話をしていく。

 食べ物だけは分からないから、どうにかして精霊王たちと連絡がとりたいところだ。ひとまず洞窟を出ようと一樹は来た道を戻ろうとしたその瞬間、足元がぐにゃりと動くのを感じる。


「なんだ?」


「ワゥ!」


 その場でジャンプしたハリズリは、一樹の抱いている赤子を見てひと声吠える。


「この子の力? あれ? ここって洞窟の入り口?」


『まっま!』


「そっか、ありがとうねー」


 指先でうりうりと赤子のほっぺを撫でてやれば、きゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいる。

 ハリズリは赤子が気になるようで、後ろ足で立ち上がっては何度もジャンプをしていた。


「庇護者様、よくぞご無事で!!」


「長殿! すみません、遅くなりました!」


 どうやら洞窟の入り口でずっと待っていてくれたらしい。リアルタイムとゲーム内の時間にはずれがあるから、もしかするとかなり長い時間待たせていたかもしれないと一樹は頭を下げる。


「お気になさらず。我ら狼族は、一週間に一度寝れば回復できますから」


「そうですか。すごいですね……」


 狼族は体力オバケだったかと一樹がひきつった笑みを浮かべていると、彼の腕の中にいるキラキラした赤ん坊に気づいた長が慌てて跪いた。


「せ、精霊王様! この度は、ご生誕おめでとうございます!」


『まっま?』


「違うよ。この人は狼族の長殿だよ」


『まんま?』


「ダメだよー。長殿は美味しくないよー」


「な、なんと……精霊王様と会話ができるとは、さすが庇護者殿ですなぁ」


「いやいや、そういうわけじゃ……うぇっ!?」


『まっまー!!』


 長の言葉に輝かんばかりの笑顔で、一樹の胸筋を鷲掴みする赤子精霊王。なぜかその様子を見た長は、何か納得したように頷く。


「なるほど。庇護者殿は精霊王様にとって特別な存在ということですかな?」


『まっまー♪』


 きゃっきゃと嬉しそうな笑い声をあげた赤子な土の精霊王は、一樹にしがみついたまま離れない。


「……本来ならば我らの村でお披露目の宴を開く必要があるのですが、庇護者様には何か急ぎの用があるようですね」


「え、なぜそれを?」


「さきほどから精霊王様が、庇護者様の旅装を解かせないようにされておりますからな」


 一樹が腕の中にいる赤子に目を向ければ『まっま!』と嬉しそうだ。どうやら彼?の中で一樹の呼び名は「まっま」に固定されることと思われる。


「俺の服をがっしり掴んでいるのって、そういう意味だったんだ。あ、長殿、この子……精霊王様って何を食べるんですかね?」


「食べ物ですか……すみませぬ、我らは生まれてくる精霊王様を守るようにとしか伝わっておらず……」


 大きな体を申し訳なさそうに縮める長が、何かに気づいたように一樹を見る。


「庇護者殿、しばらく前まで村の入り口一帯は森でした。あの砂漠の中にあった岩のある場所までが森だったのです」


「え……それって……」


「土の精霊様もほとんど見かけなかったと思います。もしや土の精霊王様がお生まれになったことと関係があるやもしれませぬ」


「同じ王級の精霊なら何かが分かるかも……すみません、急いで帰らないとなんで」


『まんま!!』


 なぜかキリッとした表情の赤子精霊王に、長は頬を緩ませて深々とお辞儀をする。

 しかしエルフの国に戻ろうにも、赤子を抱いたまま移動は厳しいかもしれないと考えている一樹の目の前に、大きな金茶色の狼が現れた。


「庇護者殿、こやつを使ってやってください」


 こうして薬師モードの一樹は、この世界で乗り物(ナマモノ)を得たのだった。


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