106、可愛い狼と追加報酬(旅の薬師)
ギルマスモードになれば使役しているクレナイを呼ぶことができるが、薬師モードで使役しているハリズリは柴犬ほどの大きさしかない。
本人(本犬?)としては一樹を乗せるのも好きだが、金茶色の狼に乗った時に抱き上げられたのが嬉しかったらしい。
あれはハリズリが怪我をしたからなのだが、なんとなく期待されているのを感じた一樹は申し訳なさそうに言う。
「ごめんねハリズリ。今回は土の精霊王様がいるから抱っこはまた今度で」
「クゥーン……」
ションボリとうなだれるハリズリを撫でてやり、目の前にいるやたら大きな狼に目を向ける。
「えーと、エルフの国に精霊王たちが集まっているから、そこまで送ってもらえると助かる……えーと」
一樹は名前を呼ぼうとして、困り顔で狼族の長を見る。
「この子、名前は?」
「こやつはマリーとお呼びください」
「マリー?」
「妻がマリーゴールドという花が好きでして、その一部を取って名付けたのです」
「ず、ずいぶんかわいらしい名前、だね?」
「娘は少々お転婆ですが、そこが可愛くてつい甘やかしてしまいまして」
「そ、そう。子供が元気なのは良いことだよね……ははは……」
どう見ても男の子にしか見えない人型のマリーを思い浮かべ、一樹は混乱しつつも「そういうもの」として受け入れることにした。
ちなみに狼の姿のマリーは「グルルル……」という低い唸り声をあげていて、とても厳つい顔をしている。
しつけが行き届いておりませんでと苦笑する長に、一樹は引きつった笑顔で返すことが精一杯だった。
「話は分かったよ。でもねぇ、ここまで壊れちゃうとねぇ」
「ごめんなさい……緊急事態だったんで、つい……」
「せめてひと声かけてくれれば、モーターの部分を調整できたのに」
「久しぶりに弟とイベント参加できるって、急いでいたから……」
聖王国、王都にあるハンターギルドに併設された酒場にて、大きい熊のような男性と女性らしきフード付きローブを身につけているプレイヤーが何やら話し込んでいる。
ひたすら謝る女性に、熊のような男は「仕方がないなぁ」と言って苦笑する。
「話を聞けば、困っているエルフの神様を助けたって話だからねぇ。謝ってくれたからそれでいいよ」
「あの、お金はこれから稼ぐから、ちょっと待ってもらえたら……」
「いいよいいよ。その代わり壊れたこのバイク以上のを作りたいね。専用の魔道具をお願いしたいかなぁ」
「そんなことでいいの!? さすがクマさん太っ腹!! おねーさーん、エールもう一杯ずつ!!」
「はぁーい♪」
「コトリさんは相変わらずだなぁ。まぁ、そこが面白いんだけどねぇ」
クマと呼ばれた男は置いてあるグラスを飲み干すと、ふと笑みを消してコトリを見る。
「それで、イベントは成功ってことでいいかな?」
「おかげさまで。弟もプレゼントガチャでレア武器が手に入ったって」
「それはよかった」
おかわりのエールが入ったジョッキを持つクマの手には、重そうな鈍色の籠手が装備されている。それを見たコトリは目を眇めて小声で話しだす。
「クマさん、ジョブはそのまま? 変える気はないの?」
「ないねぇ」
エールをグビリと飲んだクマは、中身がほとんどないジョッキをテーブルに置いて小さく息を吐く。コトリはフードを下げて顔を隠し、さらに声を小さくして話を続ける。
「私みたいに変なジョブを持っていると、変なのに絡まれちゃうよ?」
「俺に絡んでくる命知らずはいないと思うけどねぇ……コトリさん、このゲームでアバターを作った時、リアルの経験が何らかの形で反映されるって聞いたことがあるかい?」
「あるわよ」
「技師と名のつくジョブはたくさんあるけれど、俺みたいな『機械(マシーン)』に特化したジョブを剣と魔法の世界でどう使っていくのか……そういうの、気にならない?」
「気になるけど、私のはどう考えても嫌な予感がするからすぐ外しちゃったし。公式の職業一覧が更新されたのを見て、怖くなったから」
「これだけ多くのプレイヤーの中で、自分一人だけ持っているというのも怖いよねぇ。コトリさんは女の子だから無理しないほうがいい」
「女の子って歳じゃないよ。クマさんのジョブ『機械技師』も今のところ一人みたいだね」
「この世界で『機械』は不必要だからねぇ。魔法と魔道具があるし……」
コトリがクマのジョッキを見て追加を頼もうと顔を上げると、空色が彼女の目に入り慌ててフードを掴んで顔を隠す。そんな彼女の耳元で小さく囁かれる。
「お話中すみません。先日はギルドの緊急依頼を受けていただき、ありがとうございました」
「ひぇっ!?」
ポニーテールにした空色の髪をさらりと揺らし、銀縁メガネを指先でくいっとあげているのは、ギルドマスター補佐であるステラだ。
依頼主であるエルフの神から追加報酬があり、たまたまコトリの姿を見た彼女はそのことを知らせに来たのだ。
「あ、あれ? 私の変装バレてる?」
「いえ、私のメガネは特殊な魔道具でして……ここだけの話、顔が隠されていても名前が分かるようになっているのです」
「そうだったのですか! すごい魔道具ですね!」
「ご不快な思いをさせてしまって申し訳ございません」
ステラは上司であるギルドマスターから、コトリが顔と名を出したくない理由があると聞いている。
今も名を口にしないよう気づかえるステラは『出来る女』なのだ。
「たくさん魔道具を提供していただいたとか。そのお礼として……どうぞ」
ステラから差し出された袋を受け取ったコトリは、その重さに笑顔でエールの追加注文をしようと手をあげかけたが、目の前にいる笑顔の熊に泣く泣く渡すことにする。
金はいらないとクマに言われていたが、そうはいかない女の矜恃?というものがあるのだ。
ちなみに、追加報酬でコトリの壊した部品代の全額返済……とまではいかなかった。
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