2、フリーター・森野一樹

 有り体に言うと森野一樹(もりのいつき)二十八歳は、就職に失敗してフリーターとなった。

 大学卒業までにお祈りメールを山ほどもらい、それでも諦めずに頑張ったものの彼を雇用する企業は一社として無かった。

 大学の成績もまぁまぁ、顔の造りはまぁまぁで身長も一八〇センチと高め。素行も悪くはなく健康体の彼はそれなりにモテていたし、俗に言う「イケメン」の部類に入っていた。


 しかし、なぜか彼は就職できなかった。


 途中まで笑って見守ってくれていた友人達も、卒業間際になると可哀想な子を見るような目で彼を見ていた。

 付き合ってた恋人も気づくと自然消滅していた。付き合ってと言ってきたのは彼女からだったのにと少し寂しく思ったがこれも就職できない自分の不甲斐なさが原因だと、自分の中で折り合いをつけた。


 こうして、フリーター森野一樹は卒業してからの五年間を、色々なアルバイトをしながら過ごすことになったのである。







「今までご苦労様。就職活動頑張ってね」


「はい、ありがとうございます」


 紙でできた帽子を取ると、一樹はその長身の体を折り曲げるように頭を下げた。店長と印字された名札をつけた中年男性は、律儀に礼を言う彼を見て笑顔になる。


「きっと森野君ならどこでも雇ってくれるさ。今までは運が悪かったんだよ」


「だと良いのですが……」


 顔を上げて苦笑する一樹に、絶対大丈夫だと強く店長は言う。


「常連さんから『今川焼きの餡を黄金率で配分し焼き上げる腕を持つ男は彼しかいない!』と言わしめるほどの腕をもつ君を手放すのは、店側としては正直痛手なんだけどね。指名客もいたし」


「そう言っていただけるとありがたいです」


 一樹はアルバイトをしつつ就職活動をしている。いつ就職できても良いように、一応短期のアルバイトをしていた。

 大学を卒業した時に実家の母親と妹は帰って来いと言っていたが、一樹は大学の時に借りたアパートにそのまま住んでいる。ちなみに父親は外国に出張することが多く家にあまり居ないが、彼の意思を尊重すると言ってくれたのはありがたかった。


「まぁ、就職することも大事だと思うけど、無理はしないようにね」


「はい、お世話になりました」


 短い期間ではあったもののそれなりに楽しかったバイト先に別れを告げ、外に出るといつものようにスマホのメールボックスを確認する。

 そこには今日の就職支援サイトからのメールが一件きていた。


「緊急のオファー?」


 いつもなら「オススメの企業」や「スキルアップ講習」などのお知らせメールばかりだが、今回のようなケースは初めてだった。

 怪しみながらも中身を確認すると、そこには一樹の職務経歴書に興味があるとのことで、可能であれば面接に来てほしいという依頼だった。


「ここは、ゲーム会社? ……そっか、俺プレイするのは好きだけど、制作とか興味ないから除外してたな」


 一瞬断ろうかと思った一樹だが自分のプロフィールを見てからの依頼でもあるし、とりあえず面接だけでも行ってみようとメールの返信をする。

 そしてその数分後、そのゲーム会社から返信で翌日に採用面接することが決まったのだった。







 多くの人々を魅了してやまない、VRMMOと呼ばれるゲームのシステムがある。専用のヘッドフォンとゴーグルを身につけるだけで、あたかもゲームの世界に入ったかのようにプレイできる夢のようなシステムだ。

 その中で、大手ゲーム会社『CLAUS』が、国内だけではなく海外の企業とも提携し立ち上げたゲーム『エターナル・ワールド』は、今までにない新しいシステムで制作されたものだ。

 NPC……いわゆる「ノンプレイヤー・キャラクター」と呼ばれる存在、プレイヤー以外のゲーム内に存在するキャラクターの一人一人に人工知能を組み込んだのだ。


 そのゲームの制作会社『CLAUS』のビルは、地下鉄直結されているおかげで一樹は迷うことなくたどり着いた。

 入り口にある並んでいる液晶パネルの一つに番号を入力して来客用入場券を出すと、自動改札口のようなシステムにパスをかざし、奥に並ぶエレベーターの1つに乗り込む。この流れはメールに記載されていたためにスムーズに行うことが出来たが、それでも緊張してガチガチの状態であった。

 時間前ではあるものの、受付の女性はすぐに一樹を案内してくれる。面接のための部屋に通されるかと思いきや、そこはたくさんのパソコンやらモニタが並ぶ「仕事部屋」だった。

 数人の人間がパソコンで作業をしている部屋の真ん中にミーティングスペースがあり、スラリとした細身の女性が大きなテーブルいっぱいに資料を広げている。

 たくさんある椅子の一つに座ると、採用するにあたって仕事内容の説明をするという。面接というよりも採用を前提にした面談なのかと一樹は感じていた。


「NPC全てに人工知能を入れる、それは今までの技術では不可能なことでした。しかし、我が社では多くの企業の提携と、独自に開発した新しいサーバーシステムによって可能となり、その第一弾として開発されたのが『エターナル・ワールド』なのです」


「はぁ、それはすごいですね」


「そこで森野さんには、NPCとしてゲームの中のキャラクターを演じていただきたいのです」


「キャラクターを演じる? 先ほどおっしゃってた人工知能がその、演じるっていうのをやるんじゃないんですか?」


「オンラインゲームをされたことはありますか?」


「少しだけなら」


「よくメンテナンスがあったと思います。プレイヤーが入った場合、ゲームのシステムだけではバグ……不具合を解決できないのです。サーバーを停止させることなくそれを解決させるべくNPCに人工知能を投入したのですが、やはり人の手は必要なのです。そこで運営の人間がNPCとして演じつつ、ゲーム内の不具合や、問題を解決することを行なっています。この情報は公開されていますが、どのNPCに運営が入っているかは開示していません。なので、森野さんはプレイヤーにもバレないよう演技してもらう必要もあります」


「なるほど……自分は理系ではないのでシステムとか理解できるか不安です。演じることは好きなのですが……大丈夫でしょうか」


「システムのことが分からなくても、コマンドで処理できるようになっているので技術は必要ありません」


「……あの、職務経歴書で自分にオファーがきたとのことでしたが」


「森野さんは、ヒーローショーでのアルバイト経験があるそうで」


「え、あ、はい。色々経験しようと思いまして……」


「それです」


 それまで無表情だった目の前の女性は、この時初めて一樹に笑顔を見せた。

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