3、実技試験(オリジン・エルフ)

 とにかく大手のゲーム会社に採用されるチャンスである。実技試験として『エターナル・ワールド』にログインすることになった一樹は、女性担当者に質問をする。


「あの、自分の演じるキャラクターっていうのは……」


「森野さんはファンタジー小説などを読まれますか?」


「好きなほうです。ライトノベルとかも読みます」


「それなら話が早いですね。この『エターナル・ワールド』は、多種多様な種族が暮らす世界です。その中の『エルフの森』という国に『オリジン・エルフ』として演じてもらいます。一応ヘルプもつけますので、まずはゲームの中を体感してみてください」


「エルフッッッッ!!」


 突然大声を上げて立ち上がる一樹。そんな彼の興奮した様子に一瞬驚いたように目を見開いた女性社員は、ひとつ咳払いをすると何事も無かったかのように話を続ける。


「そうです。そのエルフです。女性は美しく細身で背が高く、男性も女性と見紛う美しい容姿をしています。そして森野さんは『オリジン』と呼ばれるエルフの神のような存在として、ゲーム内で動いてみてください」


「マジか……俺が憧れの細身になれるとは……」


 ワクワクしながら一樹は『エターナル・ワールド』へとログインしたのだった……。







 そして、彼は一人テンパっていた。

 全裸のままテンパっていた。


「なんでだ!! 俺はエルフになったんじゃないのか!? なんで髪とか肌の色だけ変わって、他はそのままなんだよ!! これじゃ、リアルの俺そのままじゃないか!!」


 事前の説明ではエルフのNPCになるとのことだったのに、リアルの自分そのままが目の前の鏡に映っている。

 女性とも見紛うほどというエルフ特有の、体の線の細さは一切感じられない筋肉質な体。幼い頃から格闘技を習っている一樹は一般男性の中でもガタイの良いほうで、細身の体に強い憧れを持っていた。

 そんな彼がゲームの中とはいえ、細身の代表とも言えるエルフになれると喜んだのは無理もない話だろう。


「これはバグか!? 一体どうなってんだ!?」


 一樹は叫んだ。その六つに割れた素晴らしい腹筋を使って、大きな声で腹から叫んだ。

 それはこの『エターナル・ワールド』内でも屈指の大きさであるはずの神殿中に、広く隅々まで響き渡ったのである。


「オリジン様!? どうなされました!?」


 輝くような美貌を持つエルフの少年が、青ざめた顔で一樹のいる部屋に飛び込んでくる。

 冒頭でも記したとおり、現在の一樹は全裸である。全裸である。大事なので二回繰り返させてもらった。


「うええええっ!?」


 おかしな悲鳴をあげつつ一樹はベッドに音速で戻り、慌ててシーツの中に潜り込む。


(見られた!! 美少年に全部見られた!!)


 シーツの中で震える一樹の側に、美少年エルフらしき気配が近づくのを感じる。一瞬彼の体が強張ったのは、羞恥のせいもあるが「NPCを演じる」ということを思い出したからでもある。ここで下手なことをしたら、就職の話がなくなってしまう。

 未だテンパる一樹に美少年エルフが慌てたように声をかけてくる。


「も、申し訳ございません! お怒りなのはごもっともです! 許しも得ずに入室した私めをお許しくださいませ……オリジン様の身に何かあったと思い、動揺してしまったのです……」


 一樹は何とか冷静になる。それは自分が今NPCであることを思い出したからというのもあるが、シーツを隔てた向こう側にいる美少年の話す声が僅かに震えていたからだ。自分が怒っていると勘違いしている彼のために一樹は深呼吸して落ち着いた顔を一瞬で作り、シーツからゆっくりと顔を出す。


「すみません、少し夢見が悪かっただけだけですよ。もう、大丈夫です」


 NPCである自分がどのような口調で話すのか、『エルフの国』で神と崇められている存在というログイン前の説明を思い出し、上の立場である者として言葉を選びながら声帯を太く響かせつつゆっくりと話す。ヒーローショーで培った演技の基本を思い出し、相手に伝えるということを重視した話し方をするように努める。

 ヒーローショーの演技指導を受けた時に、意識すべきだと言われたのは「声」だった。そこが揺らぐと「役」も揺らいでしまう。動作がなくとも腹からしっかり声を出し口を大きく開けて話すことを意識する、これだけでも演技に幅が出てくるのだ。

 どうやら一樹の演技は違和感なく受け入れられたようだ。ベッドの側に控える美少年は、涙目のまま笑顔を浮かべる。 肩で切りそろえた金髪と、エメラルドのように透き通った緑の瞳が美しく輝くのを見て「さすがエルフだ」と一樹は妙なところで感心した。


「それならば安心いたしました。二十年ぶりのお目覚めだったので、神殿の者たちもオリジン様にお会いできるのを楽しみにしております。お着替えをお手伝いしますので、もしよろしければ神殿内を見回っていただけると嬉しいです。ここで勤める我らの励みになりますので……」


 部屋にあるドレッサーから一樹の服を用意し、甲斐甲斐しく世話をしようとする美少年。そういえばサポートを付けるというのは彼のことかもしれない。神殿内を見回るということは現状把握することにも繋がると思い、一樹は自然と笑みを浮かばせて頷いた。


「お願いしますね」


「は、はひっ」


 なぜか顔を赤くした美少年に自分はそんなに変な顔をしているのかと、一樹は内心ヒヤヒヤしながらやり取りをするのだった。

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