4、契約社員・森野一樹(オリジン・エルフ)

 研修期間は一ヶ月。それで問題なければ正社員になるという。

 実技試験は合格だったらしく、すぐにでも来て欲しいとのことで契約書やら何やらをその場で取り交わした。大手の会社なだけあって、しっかりとしたものだったが機密事項がやたら多かったのが気になる。


(これ、俺は採用されることになったけど、されなかった場合はどうなるんだ?)


 業務内容をネットなどで公開することはもちろん、家族や友人に話すことも厳しく禁止されている。幸いにも一樹は一人暮らしで家族と接する時間は少ないし、親しい友人は多趣味であるもののゲームの話などはしたことがない。恋人? 何それ人類? でもある。


(いや、あまり深く考えると悲しくなるから、これからのことを考えよう)


 新しい職場に向かう一樹は、地下鉄に揺られながら前向きに頑張ろうと心に誓った。







 面接をした運営チームの作業部屋から少し廊下を歩くと、いくつもドアが並ぶ場所に行き着く。そこには各所二畳ほどの広さの部屋に、酸素カプセルのようなVRMMOマシンが置いてある。


「うう、二度目だけど慣れる気がしないな……」


 成人男性が楽に入れるくらいのカプセル状になったゲームマシンの中は、謎の蛍光ピンクの液体が入っている。液体といっても体が濡れるようなことはない。

 理系ではない一樹はこの液体が何なのか説明されたものの、まったく理解できなかったため覚えることを放棄した。とにかくこの中に入ればトイレは不要で、長時間入ってても身体機能や内臓機能が低下しないということだけ理解していた。

 一般家庭ではヘッドギアをつけて横になるのだが、さすが大元の会社らしく最新機器を使わせてもらえるらしい。しかし全裸でカプセル内に入る瞬間の、なんとも言えない感覚に一樹は思わず顔をしかめる。

 声が出そうになるのをぐっと我慢し、液体のない枕の部分に頭を乗せて横になるとログインの準備がはじまった。カプセル本体からキュイーンという起動音が鳴るのが聞こえる。

 開いていたカプセルの蓋の部分が自動で閉まり、外界から視界が隔絶される。そのまま一樹は眠りに入るように『エターナル・ワールド』にログインを完了させた。







「やっぱりガタイのいいエルフって違和感があるよな」


 前回と同じ真っ白な部屋の真ん中で大きく柔らかなベッドに埋もれるように寝ていた状態から起きると、一樹は再び鏡の前に行って自分の姿を確認する。

 もちろんクローゼットにある服は身につけた。ログインすると全裸というのは仕様なのか、昨日の面接官であり上司になった相楽に聞いておこうと一樹は心にメモしておく。


「NPCは外見を変更出来ないっていうのも……社員の規約上プレイヤーになれないけど、プレイヤーだったら課金すれば変更できるんだよな。一パーツが一万円の鬼価格で」


 外見はともかくとして、これが仕事だとするとなかなか面白いと一樹はウキウキしながら前回の美少年を待つ。

 待つ。

 待つ。

 待っている。


「あれ、おかしいな。今日は不在か? 相楽さんが言ってたサポートってあの子のことだよな?」


 やたらヒラヒラした裾の長い貫頭衣のようなものをズルズル引きずりつつドアまで向かおうと思った一樹は、服の違和感に気づく。長い裾はそのままふわりと空中に浮かび、足元にまとわりつかない。風もないのにまるで服だけ重力を無視したかのような、水中にいるような動きをしている。よく見るとほのかに緑の燐光を帯びた何かが服の周りを……いや、彼の周りをいくつも飛んでいる。


「なんだ、これ。昨日は夢中だったから気づかなかったけど、もしかしたらずっとこうなっていたのか?」


 一樹は周りを飛び回る緑の一つを注視すると、そこにポコっとウィンドウが浮かぶ。


「うぉっ……ああ、これが運営のNPC特有の機能か?」


【風の下級精霊……オリジン・エルフに懐いている】


 オリジン・エルフとは自分のことと認識するのに少し時間はかかったものの、懐いているという説明文に思わず笑みがこぼれる。そんな一樹の様子に嬉しくなったのか、光はさらに多く集まり彼の周囲を飛び交う。


「はは、くすぐったいよ」


 楽しくなって光と遊んでいた一樹は後ろで物音が聞こえた気がして振り返ると、そこには昨日の美少年エルフが顔を真っ赤にしたまま立ちすくんでいた。

 その姿を確認するやいなや、一樹は咄嗟にNPCである『オリジン・エルフ』の顔を作る。


「昨日の子ですね。今日は神殿を案内してくれるとのことで……君、大丈夫?」


「あ、いや、はい、も、申し訳ございません……あんなにも精霊に好かれるとは、さすがオリジン様です!」


 顔を赤くしたまま、興奮したように一樹を褒め称える美少年エルフ。これはきっと『オリジン・エルフ』という設定からきているものだろうから、褒められても微妙な気持ちになる一樹。

 それでも喜ぶ美少年に水を差すのもどうかと思い、笑顔で礼を言うとさらに赤くなってしまった。ちなみに一樹にそういう趣味はない。女性を恋愛対象とする立派な成人男性である。

 そしてふと思い出し、一樹は目の前の美少年を注視する。浮かぶウィンドウ。


【神官エルフ……プラノ、150歳(15歳)、オリジン・エルフの信望者(90/100)】


 エルフの年齢は人の年齢を十倍にしたものということと、信望者の後ろにある数字は好感度のようなものだと一樹は昨日から読み込んでいる分厚い資料を思い返していた。

 それにしても、美少年エルフのプラノの一樹に対する好感度はとにかく高い。きっとサポート補正なのだろうと彼はあまり気にしないでおくことにした。

 実際NPCのサポートキャラクターであるプラノは最初から高めの好感度ではあったが、ここまで高くなることは普通あり得ないことだった。

 そんなことになっているとは知らぬまま、一樹はプラノと共に神殿にいるエルフたちに挨拶回りをすることにした。



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