5、エルフの国、神殿内を歩く(オリジン・エルフ)

 神殿の周りは森に包まれているらしく、どこを見渡しても緑しかない。神殿には窓ガラスは無く外からの出入りはどこからでも出来そうな造りではあるが、プラノが「オリジン様の存在は悪しき者を寄せ付けないのです」と言っていた。

 このエルフの国は未だ開放されていないゾーンである。一ヶ月先に大規模なイベントが発生し、そこからプレイヤーが自由に行き来できるようになるのだ。何かあるとしたらそれからで、順調にいけば一樹は正社員としてNPC『オリジン・エルフ』の中にいるはずだ。

 廊下をゆっくりと歩く美少年エルフのプラノは時折後ろを振り向き、一樹と目が合うとその度に頬を染めつつ笑顔を見せた。


(どうやらえらく好かれてるらしいけど、俺そっちの趣味はないんだよな)


 先ほど一樹が見たプラノの情報には「信望者」とあったため、恋愛感情ではないだろうと考える。しかしリアルでの一樹は、何度か男性から告白されたという実績?があった。しょっぱい思い出である。


(それにしても、五感がリアルだな)


 痛覚は振動と赤い光が出ることによって体力が減るのが分かる仕組みになっているが、それ以外の感覚は本当にリアルだ。自分の肌を触っても、その感覚はゲームとは思えないもので、『CLAUS』の技術は世界的にも評価されているというのも納得せざるを得ない。

 歩く一樹が体を動かすたびに、それに合わせて緑の光がふわりと舞う。その光のエフェクトを身にまとう一樹はまさにエルフの神と呼ばれる『オリジン・エルフ』といった雰囲気を自然と演出していた。

 その均整のとれた体は一般のエルフとは違う。しかし、袖や裾から見えるその鍛えられた筋肉は美しいものであった。

 プラノを始め、男性エルフ全般は華奢で女性と間違えられる体型をしている。そんな彼らの価値観から見て、一樹の体躯は理想と憧れを具現化したようなものであった。

 そういう設定があるためエルフからの好感度は軒並み上がっていくのだが、一樹は自分の演じている『オリジン・エルフ』の効果だと思っている。まさかリアルの自分を模した体が、エルフから人気があると彼は考えてもいなかった。


「警護を務めますエルフ兵長のルトを紹介します。こちらです」


 プラノはそう言って、神殿の入り口前の広場へと案内していく。

 本来ならば、エルフの神が動いて挨拶をするのはおかしいことだ。なぜかと疑問を持つ前に、一樹の前に一列に並んだ数十人の兵士たちがいる前に到着してしまう。

 しかし、誰もが何も言わず無表情で立ったままだ。

 神官であるプラノは膝丈くらいの薄い緑色の貫頭衣に白いスボンを履いているが、エルフ兵たちは濃い緑の服に薄茶の皮製の軽鎧を身につけている。エルフらしく皆細身で弓を持ち、金髪が陽の光にキラキラ反射している。

 その中でも際立って美形の青年エルフは長く伸ばした濃いめの金髪を一つに結わえており、額には黒い組紐を巻いている。どうやら彼が兵長らしい。

 今にも動き出しそうなのに誰もが人形のように動かない。その一種異様な雰囲気に戸惑う一樹にプラノは笑顔を向ける。


「オリジン様、呼びかけをお願いいたします」


 そう言って一樹の横に控えるプラノ。呼びかけとは何のことかよく分からないまま、一樹はとりあえず彼の名を呼んでみることにした。


「兵長ルト、聞こえますか?」


 恐る恐る呼びかけるとどこからかリーンと鈴のような音が響き、一樹の目の前に先ほども見た薄いガラスのようなウィンドウが開いて文字が出ている。


【運営NPCの権限開放、エルフ兵への命令権(オート/マニュアル)】


 なるほど、と一樹は頷く。

 すべての権限を最初から与えられていると、無意識におかしな命令をしてしまうかもしれない。システムの一部としてNPCが存在しているのだから、自分がそれを壊すバグになっては元も子もない。この権限については後で詳しく調べることにして、一樹はとりあえず「オート」を選択しておく。

 運営NPCの権限について、事前に渡された説明書に記載されている。しかし実際こうやって体験しないことには理解できなかっただろうと一樹は感じた。

 そんなことをつらつら考えている彼の前に、エルフ兵長のルトが跪く。後ろに控える数十人のエルフ兵たちも、ルトの動作と同時に全員が跪いた。


「オリジン様、お目覚めおめでとうございます。この命を捧げる覚悟で仕えさせていただく所存」


「ありがとうルト、でも命は捧げないでください。私のためにもしっかりと生きてくださいね」


 一樹の言葉に弾かれたように顔を上げたルトは、困ったように微笑む『オリジン・エルフ』を真正面から見てしまう。小さな精霊の光がいくつも彼の周りを飛び交い、薄手の白い貫頭衣はその引き締まった体の美しい造形を浮き立たせていた。その姿に見惚れつつ、心も体もなんと美しいのかと感銘を受けたルトは目を潤ませる。


「なんと温かく優しきお言葉……このルト、生涯忘れませぬ!!」


「え? あ、ありがとう」


 一樹としては「命をかける」などと言われて「そこまですることないよ」という意味を込めて軽く返した言葉だったのだが、存外重く受け止められてしまい内心慌てる。

 その時、微笑んでいたルトの表情が一瞬で切り替わる。一樹の前に飛び出し懐に装備していたらしい短剣を取り出し構える。近くで控えていたプラノも一樹を守るように一歩前に出る。

 少し離れた場所にある草むらがガサガサ音を立てて揺れ、そこから黒い塊が飛び出してきた。


「魔獣!?」


「なぜ神殿内に!?」


 神殿から外に出ているとはいえ、この広場は神殿内とみなされている。ということは……と一樹は飛び出した黒い塊に斬りかかろうとするルトの肩に優しく手を置く。


「ルト、ちょっとまって。プラノも動かないように」


「オリジン様!! なりませぬ!!」


「危険です!!」


 制止する言葉に一樹が笑顔で返すと、美青年と美少年は同時に真っ赤になっているのが面白い。

 飛び出してきた黒い塊は、特に何をするでもなくただ動かず震えている。ゆっくりとそれに近づいた一樹は、跪いてそっと撫でてやる。


【運営NPCの権限開放、オリジン・エルフ固有スキル『眷属化』を発動(YES/NO)】


 一樹は迷わず「YES」を選ぶと、かざした手から光が溢れ出て黒の塊を包み込んでいった。





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