6、魔獣と眷属化(オリジン・エルフ)

 VRMMO『エターナル・ワールド』は、いくつかの国があり多種多様な種族がいるため、小さな争いはあるものの概ね平和な世界である。

 しかし、この世界に近頃異常がみられるようになった。今までめったに出てこなかった魔獣と呼ばれる凶暴な生き物がいたるところで発生し始めたのだ。

 プレイヤーは『渡りの神』から神託を受けた『渡り人』として『エターナル・ワールド』にやって来る。魔獣討伐のためハンターとなって戦う者たちが中心ではあるが、彼らを支える『渡り人』としてもプレイこともできる。

 さらには世界を回って冒険するもよし、遺跡を探索するもよし、商売や商売や生産をするもよし……自由なプレイスタイルでゲームの世界を楽しんでいくことも可能だ。


 この世界で生きるNPCたち、彼らにもそれぞれの生活があり日々魔獣の脅威と戦っている。そしてそれは『エルフの国』でも例外はないのだ。


「心臓が止まるかと思いました。このような事は今後一切なさらないでいただきたい」


「オリジン様、驚きました……もう、どうなることかと……」


「心配をかけてしまいましたね」


 神殿内に戻った一樹と神官プラノ、それに護衛として付き従うこととなったエルフ兵長ルトの三人。現在彼らはログインした時に一樹が起きる寝室の、隣にある書斎にいた。

 眉間にシワを寄せた美青年エルフのルトと悲しげに瞳を潤ませた美少年エルフのプラノは、二人揃って一樹の座る椅子の前に跪いている。

 一樹はそんな二人の様子に申し訳ないと思いつつも、自分の座る膝の上にいる柔らかな生き物を撫でる手を止めない。


(昔飼ってた犬にそっくりなんだよな……)


 あの時ウィンドウに現れたNPCのスキル眷属化の発動により、光に包まれた黒い塊は真っ白な毛並みに包まれた子犬のような姿になった。サモエド犬のようなモフモフの毛に包まれた白い狼のような生き物のようだ。


「ここには悪いものを寄せ付けないという話を聞いていたので、この子には何かあるかもと」


「確かにオリジン様のお力があれば、心悪しき者はここに来れません……しかし最近各所で異変があると聞きます。オリジン様にも気をつけていただきたいのです」


「わかりましたプラノ」


「それでオリジン様、この魔獣の子は一体……」


 心配するプラノの横で、ルトは未だ警戒を解かずに一樹の膝で寝ている生き物を見ている。


「この子は私の眷属としました」


「眷属!? なんと羨ま……恐れ多いことか!!」


 やや危険な何かを言いかけたルトだったが、一樹の言葉にやっと肩の力を抜くように警戒を解いた。プラノも驚いたように口をぽかんと開けている。


「悪しき心を持たない魔獣……私の手元に置いておきます」


(バグかもしれないからな)


 そう考えながらも、一樹の手はひたすら白い毛並みを撫でさすっている。これぞ理性と本能が別に働いている良い例であろう。

 その時、リーンという音と共に、再びウィンドウが一樹の前に現れる。


【運営NPCへ、昼の休憩(一時間)取得推奨の連絡】


(前回は実技試験だったから休憩は無かったけど、今日は一日いるからなぁ。ご飯食べないとダメだよな)


 ゲーム内でも食事は出来るがリアルでの栄養摂取はできない。味覚や食感などは体感できるので、プレイヤーにとってゲーム内の食事は嗜好品のような扱いだ。

 運営NPCも体はプレイヤーと同様の仕様になっているので、もちろんバーチャルの食事を楽しむことができる。後でそれも体感してみようと一樹は午後の予定の一つに入れておく。


「では、私はしばらく出ます。しばらくしたら戻りますから、この子は私のベッドに……」


「いけません!!」


「我らがここで見ておりますから!!」


「そ、そうですか」


 一樹はプラノとルトの剣幕に驚きつつも、やはり動物を寝室に置くのはよろしくないのだろうと思い納得する。


「それほど時間はかからないと思いますが、この子のことについても調べてきますね」


「神界の知識、ですか?」


「ええ、何か分かれば良いのですが……」


 プラノと話していて一樹が知ったのは、ログアウトすると神界と呼ばれる場所に行っていると思われているらしいということだ。『オリジン・エルフ』はエルフの神という立ち位置のため、そういう設定にしたのだろう。

 ちなみにプレイヤーは街の中では宿屋かセーブポイント、それ以外の場所ではテントでログアウトできる。テントは物理的に壊れないかぎり何度でも使えるので、プレイヤーは常に一つ持ち歩いているようだ。


「では、いってきますね」


「いってらっしゃいませ」


「お戻りをお待ちしております」


 優雅に頭を下げる二人のエルフに見送られ、光に包まれた一樹はログアウトした。







 ゆっくりと目を開けると、カプセル内の照明がぼんやりとした光から徐々に明るくなっていく。そうしないと「目が、目がぁぁ!!」とのたうち回ることになるからだろうと一樹は考えている。


「休憩は一時間、今は……十二時か。四時間があっという間だな」


 基本的にこの会社では、シフト制で一日十時間勤務となっている。残業になることもあるそうだが、運営NPCとはいえゲームをしているようなものだから苦にはならないだろう。

 三日勤務で一日休みが入るため土日祝日では休めないが、不規則な勤務でも最新型マシンのおかげで肉体的な疲労は少ない。一樹は今回朝八時にログインしたため翌日は二時間遅い九時からの勤務となる。こうやって時間をずらすことによって、深夜の時間帯のプレイヤーたちを運営NPCとして見守り、バグを対処していくという流れになる。

 四時間おきに一時間の休憩を推奨されているが、強制力はない。ただし八時間を超えると強制ログアウトさせられる。これはトイレが不要の最新型にのみの設定であり、一般家庭用の頭に装着するタイプのゲーム機だと四時間で強制ログアウトするように設定されている。

 ちなみに、ゲームの世界ではリアルでの十時間が一日となっている。深夜にしかログインできない人でも、色々な時間帯の『エターナル・ワールド』を楽しめるのだ。


「さて、上司の相良さんに色々と確認することがあるな」


 カプセル内から起き上がり、蛍光ピンクの液体が体から落ちるのを確認する。やはり濡れていないことに驚きつつ服を身につけ、作業部屋にいる相良の元に一樹は向かった。

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