閑話、アイリの気持ち


 お兄ちゃんは鈍感で、運も悪い。

 そして、宝を持ち腐れさせるとこに関しては天才的な才能を持っていると思う。




 私、森野愛梨が年の離れた兄一樹のことを語るなら、上記の二点に尽きる。モテるのに好意に気づかないくせに、鈍感系主人公じゃないと思っているところも付け加えたいけど、あんまり言うと可哀想だからこれくらいにしておく。

 物心をついたときには、お兄ちゃんは「学校で一番モテる男子」としての地位を確立してした。それなのに「すぐフラれるんだよなぁ」とか幼女の私に愚痴っていた。

 大学生の時に就職活動をしている最中、面接の日に限って「具合の悪くなった人」を助けたり「トラックにひかれそうになった女の子」を救ったりしていた。トラック云々については就職どころか異世界に行っちゃうところだった。これはもう運が悪いというか、お人好しにもほどがあるでしょ。まったく。


 就職に失敗してフリーター生活を続けていたお兄ちゃんが、やっと正社員になったと思ったらそこは「ゲームの会社」だった。

 いきなり正社員なんて信用できないって思ったけど、社員証も見せてもらったし、お父さんもお母さんも何も言わなかったからたぶん大丈夫なんだろうな。私が言うのもなんだけど、うちの親って情報通だから……お兄ちゃんは気づいてないけどね。てゆーか、お父さんに言えば一発で就職できただろうに。まぁ、そういうの使わないところがお兄ちゃんっぽいんだけどね。

 ちなみに、私の時は親のコネを使うつもりだ。こういうのは使ってこそでしょ?




 大人気のVRMMOである『エターナル・ワールド』を始めたのは、発売して一年くらい経ってからだ。高いゲーム機をバイトして買って、せっかくだからお兄ちゃんとやろうと思ったけど運営している『CLAUS』に勤めているから無理だって言われちゃった。

 あまり時間が合わない多忙な友達と少しずつ遊んでいたけど、やっぱり私はガッツリやりたい。学校のクラスメイトでハマってる人がいるかもって探したら、治癒師をやってる『ミユ』に出会えた。

 何度か変なやつらに絡まれていたけど、前衛で剣士をやっている私にとって中級魔法目前の治癒師は貴重だ。ぜひともパーティーを組んで欲しいとお願いすると、可愛らしい笑顔で了承してくれた。

 しばらくは学校に行くたびにミユに絡む奴らがいたけど、私が睨むとあっという間に引いていったから大丈夫だと思う。なるべく私と友人が交互で一緒にいるようにしたら諦めたみたいだ。


 ミユは頑張り屋で、可愛らしくて、本当に優しい子だから治癒師という職業は天職だと思う。彼女の話を聞くと、ゲームというものをほとんどプレイしたことがないということが分かった。なぜこの『エターナル・ワールド』を始めたのかは事情があるというのは、運営も動いた「あの事件」があって分かったことだった。

 無理に事情は聞かなかったけど、ミユは強い意思を持ってこのゲームをプレイしている。私の中で、健気で一生懸命な彼女に協力しないという選択肢は無かった。

 期間限定で解放されたエルフの国のイベントに、急いでレベルを上げて参加する。

 あの事件以降、エルフの国の神『オリジン・エルフ』が協力者になってくれたり、運営のSという人から度々連絡がきたりした。イベントの期間中にミユを襲ったような事件は起きなかったらしい。


「むーんむーん、ミユを襲った奴らって、一体何が目的だったのかな」


「どうしたの愛梨ったらムンムンして。推理小説の話?」


「違うよお母さん、友達のことだよ。あとムンムンしてるのはお母さんでしょ」


「うふふーん。だってお父さんしばらく日本にいるから嬉しいんだもーん」


 たわわなモノを揺らしてご機嫌な母を、反射的に思わず殺気を込めて睨んでしまう。だって私は持たざる者なんだから、多少の殺意くらい許されてしかるべきなのだ。

 それにしても父も母もたわわなのに、遺伝子の神秘について解せぬ。


「ねぇ、ゲームの中で嫌な思いをさせるって、どういう目的でやることだと思う?」


「ゲームの中で? うーん、お母さんはよく分からないけど、もし嫌な思いするならそんなゲームなんかしないわね」


「しない……そうか。ゲームをやめさせるのが目的という可能性も……」


 お母さんのキョトンとした顔を見て、私は思わず感心する。


「さすがお母さん。刹那的に生きてるだけあるよね」


「な、なに急に。ちょっとバカにしてない?」


「してないよ。小学生のお兄ちゃんが妹が欲しいって呟いたのを、おねだりしてくれたって狂喜乱舞ハッスルして私が生まれたとか、そんなアグレッシブさをバカになんてしないよ」


「具体的かつ的確に言われてる!?」


 どこかの少女漫画みたいに、白目で驚くお母さんは放置することにして。

 気づいたことは運営のSって人に送っておこう。

 そうすれば、きっとお兄ちゃんに繋がるだろうから。


「それにしても……こんなんバレバレだよね」


 リビングの壁に額入りで飾られたポスターを見て、私はやれやれとため息を吐く。

 そこには、緑の光のエフェクトに白い子犬を抱いた、真っ白な貫頭衣を纏う銀髪のエルフ。後ろからライトアップされているため、服が透けて程よく筋肉のついたソフトマッチョな体がうっすら浮かび上がっている。


「お兄ちゃん実家に帰ってこないから、家族にバレバレだって気づいてないんだよね」


 お父さんもお母さんも、お兄ちゃんはコスプレする会社にいると思ったらしい。秘密だって言ったから身バレすることはないだろうけど……本当にお兄ちゃんは私に感謝してほしいものだ。

 あーあ。お兄ちゃんこんなに格好いいのに、それをリアルで活用しないとか……まったく宝の持ち腐れだよ。

 ゲームだと少し補正つくけど、NPCならイケメンで当たり前だって思われちゃうだろうし。リアルに何も反映されないイケメンなんて残念すぎる。


「妹としては、応援してるよ。オリジン様」


 この数日後に私は、また別のお兄ちゃんに会うことになる。

 どんだけミユを心配してるんだか……まぁいいや、気づかなかったことにしておくよ。お兄ちゃん。



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