35、空色の紹介(赤毛のギルドマスター)


 事前に王都の全体地図を見ていた一樹だが、実際に歩いてみるとその景観に感動していた。

 エルフの国ではなるべく草木を残すよう建物や道が作られていたが、王都は土が見えるところはほとんどなく石畳が敷かれている。それでも窓にはプランターが多くかけられており、味気ない石造りの建物を色とりどりの花が彩っていた。

 ポニーテールにした空色の髪を揺らして歩く女性と赤髪の美丈夫と赤毛の狼という、やけに目立つ二人と一匹はギルドを出るとそのまま大通りを歩いて行く。


「花が多いな」


「法律で窓に花や緑を置くよう定められてますから」


「ああ、そうだった」


 エルフの国は常春だが、聖王国には四季がある。花が飾れない時は緑の葉があれば良いとされているが、その理由は建国した初代聖王が花好きの王妃のために制定したものらしい。優しい国民なので爆ぜろなどとは言わないようだ。

 一樹の携わったエルフの国での『強き魔獣討伐イベント』により、国交が再開されたために花の輸出入も盛んに行われるようになった。植物大好きなエルフにとって、聖王国の商人が生きた花を求める様子はとても好印象のようでなによりである。


「常春の国には花が溢れているからな。これからもっと王都は色が増えるだろ」


「ギルマスはエルフの国に行かれたことが?」


「俺は精霊獣も連れているし、精霊の多くいるあの国と相性が良いんだ」


「……最近まで閉ざされていましたよね?」


「だな」


 多くは語らず一樹はニヤリと笑ってみせる。運営NPCとしてのスキルを共有化させているため、精霊を見ることも可能である設定をうまくステラに刷り込んでおきたい。

 ニヤニヤ笑う一樹を少し呆れたように見たステラは小さく息を吐く。


「まぁ、聞きませんよ。聞いたら国に報告する仕事が増えて面倒ですからね」


「優秀な補佐を持つ俺は幸せだ」


「せいぜい幸せを噛みしめてください」


「おう、給料楽しみにしとけよ」


 意外にもノリのいいステラに一樹は笑顔になる。ギルマスの男くさい笑みに少し頬を染めつつ、彼女が最初に案内したのは酒場であった。

 観音開きになっている扉は開け放たれ、店内はプレイヤーであれば血がたぎるであろう風景が見える。

 エールと呼ばれる酒を酌み交わす男たち、注文をとりにくる若い女性店員に声をかけるのは同じく若い男性だが、すげなくされて落ち込むのを周りが笑い飛ばしている。

 露出度の高い服を着た女性がカウンターに大きな胸をのせ、しどけなく座っているその姿を一樹はつい目で追ってしまう。慌てて目線を逸らすも、ステラにはしっかりと見られていた。


「買われるのですか? 後にしてください」


「男の条件反射だろうが……いや、買うけどよ」


 チョイ悪という設定とは関係なく、思わず素で女性に目をやってしまった一樹は内心反省していた。

 今はそれどころではない。それは「優秀」な補佐である彼女が「酒場」に案内したという流れから、一樹は予想をつけていたことがある。

 酒場の中には入らず通り過ぎ、ハンターギルド周辺の冒険者がよく行く食堂や市場、魔法の道具や武器防具などを案内された一樹は「プレイヤーだったらテンションマックスだろうな」としみじみ思った。

 そしてギルドまで戻ると、一樹よりも少し低い目線を上げたステラはふわりと空色の髪を揺らして振り返る。


「簡単ですがこの辺りの案内をしましたが、他も必要でしたらそれに見合った者を紹介しますので」


「案内はステラじゃないのか?」


「王都の全てを知るのは不可能ですよ。ギルマス」


 メガネの奥の目を細め、わずかに口角を上げたステラは軽く一礼すると一樹から離れていった。


「うーん、なかなかギルマスという立ち位置は奥深いな」


 一樹は懐を探ると貨幣の入った財布らしきものを見つける。オリジンの時は「神」であったため金の必要を感じなかったが、さすがにこのNPCが金銭を持たないで行動するのはキツイだろう。

 ステラに案内された市場にある服屋に入り、一樹は古着をいくつか購入しその場で着替える。店員の目がハートになっているのは足元にずっといるクレナイのせいかと思いながら、彼自身の格好をギルマスから一般市民の服装にする。

 眼帯は取り、目立つ赤髪には布を巻いて誤魔化す。元々眼帯は対ミユのものであるため取っても何かあるわけではない。ギルドに戻った時に付け忘れないようにする必要はあるのだが。

 目立つクレナイは一樹の影に入っていった。使役獣となったため、シラユキとは違う能力があるようだ。いや、もしかしたらシラユキもできるのかもしれないと、検証するのを忘れていた一樹は忘れないようにこの事をメモ機能に入れておく。


「さて、酒場はこっちだったか」


 豊かな胸をカウンターにのせていた女性の姿を思い出し、一瞬にやけた顔をした一樹だが自分で頬を強めに叩く。なぜかミユの笑顔を思い出したのは、守る対象だからなのだろうか……。

 酒場のカウンターには、先程と同じ場所に豊満なバストを持つ女性がしどけなく座っている。一樹は躊躇なく側まで行くと、カウンターに寄りかかりながら声をかける。


「どーも、君を買いたいんだけど」


「私は高いわよ? 時間はどれくらいかしら」


「一晩で」


「ふふ、お金持ちね。空色の紹介だから受けましょうか」


 重たげに胸を揺らし、蠱惑的な笑みを浮かべる女性。豊かな金髪に白人系の肌はふれたくなるような美しさだ。これはプレイヤーたちが放っておかないだろうと思う一樹だが、なぜか彼女の近くにプレイヤーは来れない。彼女が言ったように「空色の紹介」が必要なのだろう。

 魅力的なスタイルの体をくねらせ奥へと誘われる一樹を、プレイヤーや他のNPCが羨ましげに見ている。その視線は金髪女に向かっているため、目立ちたくない一樹はホッとしながら案内された部屋に入る。


「まずは、飲み物でも……」


「悪いが時間がねぇんだ。最近裏で出回るようになったアイテムと、それを買った奴らを特定できるか?」


「あら、せっかちね。……私がどこに繋がっているか知ってて言ってるのよね?」


「ああ、別に取り締まるわけじゃねぇよ。今はな」


 一樹が意識して声を低くするのと同時に、いつの間に出てきたのか足元にいるクレナイが低く唸る。大げさに身震いさせた金髪女は慌てて首を横に振る。


「も、もちろん、全部出すわよ。うちだってハンターギルドを敵に回したいわけじゃないわ」


 一樹は事前にハンターギルドの設定について勉強していた。それは裏稼業の者たちが集う『闇ギルド』と呼ばれるところと深く繋がっているということをだ。

 もちろん、彼らの行動などは運営としてログを見れば分かる。しかし、以前ログを書き換えられるという現象があったこともあり、念のためNPCたちが持っている情報を付け合わせしようと思ったのだ。

 まさかステラが初日に闇ギルドと繋げてくれるとは思っていなかった一樹は、なぜそこまですぐに信用してくれたのか内心首を傾げていた。書類仕事をしたからだろうか……それくらいならログインする度にやってやろうと、ギルマス一樹は苦労性っぽいステラを思うのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る