34、新たな設定の確認(赤毛のギルドマスター)


 赤い髪の『ギルマスモード』である一樹は、眼帯を付けた左目を気にしている。どうやら眼帯は見かけだけで、実際は両目でちゃんと見えるようになっていることにホッとする。

 補佐のステラが部屋を出て行き一人になったところで、自分で決めた設定を思い出していく。


「外見は変えられなかったけど、過去は自分で設定できたな。魔獣からの傷でハンターを引退した、元凄腕のギルドマスターか……うん。いい。すごくいい」


 何よりも一樹は、ギルドマスターとしてログインした時「服を着ている」状態だったことを大いに喜んだ。オリジンでは貫頭衣と下着(ふんどし)のみで着衣は楽だったがギルマスは色々着ている。チャックがないためボタンか紐でとめる服は着脱が面倒で、リアルを重視する『エターナル・ワールド』らしい設定だ。プレイヤーからは不評だが今のところ変更の予定はない。


「戦闘行為の制限はついているけど、元ハンターであるギルマスが戦えないのはおかしいから、運営NPCでも何かあればあの子を守れるかな……」


 素の状態で呟く一樹の足に、温かい存在が擦り寄ってくる。


「はは、シラユキ……じゃない、クレナイもいるから大丈夫だ」


 一樹はかがんでモフモフな赤毛を撫でてやると、クレナイは気持ち良さそうに耳を伏せて目を細める。体は大きくなっても中身はまだ子供なのだろう。王都にログインしてから不安なのか彼の足元から動くことはない。


「さて、書類はひとしきり片付けたな。事務職のアルバイト経験が、ファンタジーな世界でも通用することにびっくりだけど……」


 一樹は千枚通しのようなもので書類に穴を開け、そこら辺にあった紐でファイリングするという作業を終える。そして補佐のステラを呼ぶ前に、ミユとアイリの現在地をウィンドウに出して確認する。


「まだ王都に着かないか……時間的にもうすぐログアウトしそうだし、俺はギルド周辺を見ておくか」


 執務机に置いてある小さなベルを鳴らすと、先程と同じようにドアをノックする音が聞こえる。


「入れ」


「失礼いたします」


 粗野な言葉や態度を演じるのに苦心する一樹。オリジンの時は穏やかで丁寧を心がけるだけで楽に演じていたが、このギルドマスターは設定として荒くれ者のハンターという過去があるため演じ方を変えなければならない。

 顔がオリジンの時と同じため、肌や髪の色の変化だけではバレる恐れもあるだろうと眼帯をつけているくらいだ。別人としてしっかり演技する必要がある。

 ステラは初対面であるため良い練習台になってくれそうだ。早く慣れなければと一樹は気合いを入れる。しかしそのステラはなぜか落ち着かなく部屋を見渡している。


「書類も大体片付けたことだし、ギルド周辺を見たいから案内を頼むわ」


「は、はい。あの、散らかっていた書類はギルマスお一人で?」


「決済したやつはこれ。ステラがしっかり見てくれてたんだろ? ミスはなかったからそのまま通しておくからな」


「ありがとう、ございます」


 メガネの位置を直しつつ、ステラは赤くなった頬を隠すように俯く。さらりと揺れる空色のポニーテールが綺麗だなと一樹は思いながらも、あまり見るとセクハラになるかもと視線を逸らして立ち上がる。

 一樹の身長は高い方だが、ステラも女性にしては高身長だ。しっかりと筋肉もついているようなので、もしかしたら彼女もハンター経験があるのかもしれない。


「じゃ、行こうぜ。クレナイはどうする?」


「クゥン」


 甘えるように擦り寄る赤毛の狼に頬を緩ませる。オリジンの時は子犬サイズだったせいもあり留守番が多かったが、今は大きいため足元にいても不安はない。本人(?)も喜んでいるのが感じられる。

 一樹としては白い子犬サイズも好きなので、二つのモフモフを楽しめて嬉しい限りである。


「よし、なんか美味いもんでも食おうか。ステラ、おすすめの食い物屋も教えてくれ」


「了解です」


 先導してくれるステラの後ろをゆっくりとついて行く一樹とクレナイ。

 ギルド内の広間は、木造の市役所のような造りになっていた。木の板の掲示板には依頼書が貼られ、それを持って受付をしにいく。同じく木で作られたカウンターにはプレイヤーが並び、受付をしたり魔獣の素材や金の受け渡しをしている。

 ギルド職員たちの服装はそれぞれ違うが、皆ステラと同じ深緑色のジャケットを羽織っている。もちろん一樹も深緑のジャケットを着る必要があるのだが、キャラとして肩にかけている状態だ。

 補佐であるステラから「ちゃんと着てください! だらしない!」とか怒られるのもいいなどと考え、ニヤニヤしながら歩く一樹は周りから注目されていた。

 燃えるような赤い髪と口元に浮かべる不敵な笑み、眼帯からのハンデをまったく感じさせないその鍛え抜かれた筋肉に包まれた体は、文句なしに歴戦の猛者であろうと思わせる。

 そんなギルド職員やプレイヤーからくる煩いくらいの視線をステラはひと睨みで黙らせ、何事もなかったかのような表情で口を開く。


「今の時間帯は混雑しますので、挨拶は後にしましょう」


「ん? ならステラも忙しいんじゃないか?」


「私の業務はこことは違いますので、特に問題ありません。ギルマスがいらしてくれたので仕事も減ります」


「あー、それなんだがな」


 オリジンでもあり、運営の仕事もある一樹は王都に常駐することができない。ステラにはまた負担をかけてしまうだろうと申し訳なく思い謝ろうとするが……。


「最低でも一週間に一度は来ていただければ問題ないです」


「それはねーよ。前のやつどんだけサボってやがったんだ……」


 社畜といっても過言ではないステラのために、一樹は「サボりがちなギルマス」ではなく「チョイ悪だけど仕事はそれなりにするギルマス」というキャラ設定にしようと心に決めるのだった。

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