33、王都のハンターギルド(赤毛のギルドマスター)


 この世界『エターナル・ワールド』の中には数々のギルドがあるが、その最たるものといえば『ハンターギルド』であろう。

 魔獣の討伐を主とした活動をしているハンターギルドから魔獣の素材は流通される。商人達が売買するための『商業ギルド』を通り、そこから『生産ギルド』に登録されている魔術師、薬師、鍛治師、造形師などに提供されるという流れだ。

 そのため、ハンターギルドの数は他のギルドよりも多く、小さな町にもハンターギルドだけはあるものだ。

 そして、各国に散らばるハンターギルドの取りまとめているのは、人族の王がいる『聖王国』王都にある『ハンターギルド聖王国王都中央支部』である。

 王都のギルドは今日も多くの魔獣討伐依頼が押し寄せ、多くのハンターが命をかけて魔獣に戦いを挑んでいるため一日中多くの人に溢れている。その中でギルドの職員達は混み合う受付で強面のハンターとやり取りし、依頼主の悩み相談や商業ギルドに魔獣の素材提供の連絡をしたりと、目の回る忙しさに追われている。

 喧騒の中で一人目立っているのは、ポニーテールにした空色の髪をふわりと揺らし歩く女性。深い緑のジャケットに黒のタイトスカートというギルド職員の制服に、ギルドマスター補佐の証である銀色の腕章が左腕に光っていた。

 分厚い書類の束を胸に抱え直した女性は、奥にある扉の前に立つとメガネを指先で押し上げてから、高らかな音をたててノックする。


「失礼します」


「……おう」


「!?」


 空色の髪を振り乱し、勢いよく開けたその部屋は乱雑に書類が散らばっている執務机と、ゆったりと腰掛けられる天鵞絨が張られた椅子には燃えるような赤い髪をした男性が座っていた。

 書類仕事をするにはもったいないくらいの、鍛え抜かれた筋肉を彼が持っているのは服の上からでも分かる。眼帯をしているので片目は不自由なのかもしれないがしかし、部屋に入ってきた彼女を油断なく見るその瞳は綺麗な青と緑の混ざる複雑な色をしていた。


「あー、自己紹介は必要か?」


「……いえ、貴方が新しいギルドマスターですか。私は補佐のステラです。よろしくお願い致します」


「悪いな、ここの前のギルマスが色々やらかしたっつー話で」


「貴方が謝ることでは……」


「たまに抜けるが、可能な限りここの片付けはしておく。それと、クレナイ」


赤毛の男……ギルマスが呼び出すと、どこからともなくステラの腰ほどの高さもある赤い狼が出てきた。その迫力に思わず後ずさる彼女にギルマスは苦笑する。


「俺が使役している大人しいやつだ。魔獣ではなく精霊獣だから人の言葉も分かるぞ」


「ガウ」


 小さく吠えた赤い狼クレナイは、ギルマスの足元で大人しく座っている。その様子に小さく息を吐いたステラは一礼する。


「取り乱して失礼致しました。クレナイ様の件、了解です」


「……なぁ、いつもこんな感じなのか?」


「こんな感じ、とは?」


 ステラはメガネを指で押さえる。綺麗に整った顔に表情はなく、ただロボットのように無機質な反応をしてくるだけだ。それがギルマスのお気に召さない……というよりも、純粋に疑問に思ったのだ。


「いや、クレナイを見て怖がらなかった女の子はステラくらいだと思ってな。これからよろしく頼む」


「え、お、女の子……あ、は、はいっ……よろしく、お願いします……」


 みるみる耳まで赤くなるステラを、ギルマスは机に広がる書類に目を落としていたため見ることはなかった。まずはここを片付けないといけないだろうと、うんざりとしたように彼は深いため息を吐くのだった。








「ギルドマスター?」


「ええ、彼女のレベルからいって次に行くのは『聖王国』になるでしょう?」


「なぜそうだと分かるんですか?」


「会いたい人がいる、そしてその人を探している。彼女のレベルで多くの人と情報が集まる場所は、『聖王国』の王都しかないと思ったからよ」


「そこでなんでギルドマスターなんですか?」


「ちょうとギルドマスターの運営NPCやってた人が異動しちゃったのよ」


 上司の相良は白衣の袖をまくり上げて、パソコンに向かうとものすごい勢いでキーボードを操作する。

 画面に現れたのはリアルな一樹の姿だが、髪は赤毛で眼帯をつけている。深い緑のジャケットを肩にかけ、胸元の開いた白いシャツに黒のスラックス、左腕には金の腕章を付けている。


「管理するフィールドが増えるから森野君の残業も休日出勤も増えるけどね。エルフの神であるオリジンが王都に現れることは出来ないでしょ? これならミユちゃんの前に現れてもおかしくない。うん。私って天才」


「あの、俺の休日とか……」


「イベントも終わったし、森野君の大好きなプラノ君も助かったし。あそこはしばらく放っといてもなんとかなるわ。運営の補佐なら私も入るし」


 そう笑顔で言う相良の目の下には、しっかりと隈がついている。相変わらず忙しくしている彼女だけに負担をかけるわけにはいかないだろう。一応ホワイト企業ではある『CLAUS』だが、急な人員不足とミユが狙われた一件が解決していないのが祟っているようだ。


「腕輪でオリジンを召喚とか、難しいですよね」


「神をホイホイ召喚するわけにはいかないわ。精霊使いが精霊王を召喚できないのに、おかしいでしょ?」


「え、そうなんですか?」


 オリジンの時にしょっちゅう風の精霊王を呼び出していた一樹は驚く。思わず焦ってしまったが、もしかするとエルフの神であるオリジンだからこそ出来たのかもしれないと、今は考えないことにして相良の説明を聞く。


「精霊魔法には下級、中級、上級とあるのよ。神級なんでものはないわ」


「はぁ……そうですか。そうだシラユキはどうなります? オリジンの力で育ってるって話だから」


「他にもいくつかフィールドを担当している運営NPCがいるんだけど、彼らもやっているのが『スキルの共有化』よ。これなら違うNPCになってもモフモフできるわよ」


「モフモフ……いや、共有化ですか」


「一応エルフ族から人族になるから、眷属獣から使役獣に変わるけどね」


「ということは、精霊が見えるのも……」


「それもそのままになると思うわ。ミユちゃんも森野君の妹ちゃんも見えてたみたいにね」


「ふぐぅっ……」


 やはり知られていたかと一樹は思わず変な声を出してしまう。しかし相良はニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「まだギリギリ大丈夫だから、頑張って逃げなさい」


「うう……すみません……」


 クスクス笑う相良に、一樹はそろそろ息を吐きながら嫌な汗を拭うのだった。


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