66、神官長の行方(赤毛のギルドマスター)



 エルフの兵士長である彼は、神官たちには及ばないものの『精霊を視る目』は持っている。

 突然目の前に現れた、王都のハンターギルドのギルドマスターだと名乗る赤毛の男に、彼の周りを飛び交う風の精霊たちに警戒する様子はない。むしろ……。


「貴方は何者だ」


「まぁ、信用しろと言っても無理だろうな。突然声をかけさせてもらったのは、コイツがいたからだ」


 背の高いルトよりも少し高い赤毛の男は、その体を少しかがめると彼自身の膝あたりに手を置く。すると彼の足元の影が揺らぎ、赤毛の狼がふわりと現れた。


「精霊獣!?」


「俺は人間だが精霊とは仲がいい方だ。ギルマスとしてエルフの国とやり取りを命じられているのは、コイツのおかげでもある」


 少し苦しい言い訳かもしれないが、エルフの国の守りである兵士長が出歩くのは異常事態だ。

 一樹の言葉にルトは肩の力を抜く。


「なるほど。確かにプラノが王都を参考に、エルフの国にもハンターギルドを置く準備をしていましたね。あの警戒心の強いプラノが珍しいと思っていましたが、こういうことでしたか」


「神官長さんは、俺のことを話していないのか?」


「本来、精霊獣はエルフにしか懐かない。ギルマス殿の家系にエルフがいるのか、はたまた別の理由があるのか……と気を使ったものと思われる」


「そうだな。俺はここいらでは獣使いだと通しているから、神官長さんには色々と世話になってたみたいだな。ところで、その神官長さんは元気にしてるのか?」


「それが……」


 困ったような顔をするルトに一樹はプラノに何かあったらしいと気づく。詳しく聞きたいと思ったが、神官長であるプラノはオリジンの時に接することが多いため、位置情報を取得できるように設定していたのを一樹は思い出した。


(現在地は……ん? ギルドにいるが……)


 なぜか状態が「睡眠」となっている。一体どういうことなのかをギルドにいる補佐のステラに確認すべく、一樹はルトに声をかけることにする。


「何があったかは分からないが、とりあえず情報の集まりやすいギルドに行かないか?」


「すまないギルマス殿。自分はエルフの神殿兵士長ルトと申す」


「よろしくな」


 一樹はルトと共にギルドへ向かいながら、補佐のステラに怒られイベント?を回避する方法を考えるのだった。







「……おかえりなさいませ、ギルマス」


「おう、悪いなステラ。この人を俺の執務室に通すぞ」


「エルフの方ですね」


「神殿の兵士長だ」


「了解です」


 短いやり取りをした一樹は運営のシステムからギルド内部にいる人間を読み取ると、やはりウィンドウに羅列する人物一覧にプラノが出てくる。

 ステラが事態を把握しているのだろうと、一樹はルトを連れて奥の部屋へと向かった。


 執務室にある来客用のソファにルトを座らせ、執務机に置いてある書類を流し読んだ一樹はプラノに関する報告書を見つけ出すと手に取りルトの前に座る。


「これだな。神官服を着たエルフを救助……」


「プラノが!?」


 思わず立ち上がりかけたルトに、一樹は手を上げてヒラヒラと振る。


「慌てるな。ギルドで保護している。俺の補佐が管理している部屋にいるから、何も起こらない」


「しかし……」


 そわそわと落ち着かないルトに苦笑し、一樹は茶を用意しているであろうステラを呼ぶ。


「お待たせしました。こちらをどうぞ」


「あの!! うちのプラノ……神官長が倒れて運ばれてきたと!!」


 青ざめた顔で唇を震わせるルトの様子に、ステラは水色のポニーテールを揺らしながらコクリと頷く。


「ご無事ですよ。急に倒れたプラノ神官長を私が発見し、連れてきたのですから」


「そ、そうですか……」


 確かに彼のような美少年エルフが倒れていたら、悪い輩に連れていかれてしまうかもしれない。しかし彼に限ってはその心配はなかったりする。

 実は『オリジン・エルフ』の加護を持っているのはミユだけではない。神官長のプラノ、兵士長のルト、村長のノールにも加護が働いているのだ。

 それもこれも一樹がNPCとして仕事しやすいようにしただけであるため、あえて彼らに加護のことは知らせていないのだが。


「それで、神官長どのは?」


「客室で寝てらっしゃいます。半日になりますが、未だ目が覚めないようです」


 そこは何とかなりそうだと一樹は考えるが、プラノが倒れた原因を知りたい。報告書はステラが作成しており、プラノが倒れたということしか分かっていないようだ。


「医者は?」


「意識を失う前に、医者は呼ばないでくれとおっしゃっていて……。私も鑑定を持っているので、睡眠状態であることは確認しています」


「分かった。様子を見に行こう」


 ハンターギルドの職員は、レベルの差はあれど全員「鑑定」が使える。ギルドに来る人間に犯罪歴があるかどうか、魔獣の素材の良し悪しも分かっている必要があるからだ。

 出されたばかりの熱い茶を飲みきり、一樹はプラノの元へと向かうのだった。







 その黒い何かに触れた瞬間、彼は自分の指先から一気に腕まで冷たくなるのを感じた。

 なぜ街の中にそれが居たのかは分からない。しかし彼の耳には確かに声が届いていた。


「来るな? 何のことですか?」


 次第に動かなくなる腕を庇いつつ、彼は必死にその声と対話しようとする。しかし強烈な眠気には抗えず、彼はやがて膝をついてしまう。

 それでも彼の耳には、何度も繰り返し訴える声が聞こえていた。


「誰に伝えたいのですか?」


 聞こえてくる声に対して問う、彼の言葉は届かないようだった。急激な体内魔力の減少からくる深い眠りに落ちるのが分かる。触れた黒いものは何なのか。

 

 彼……神官であるプラノは感じ取っていた。


「人の念をここまで集めて、あなたは何をしようとするのです?」


 プラノの問いに応える声はない。

 ゆらりと揺れた黒い何かは大地に染み込み、跡形もなく姿を消した。

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