67、謎の眠りと一樹の気持ち(赤毛のギルドマスター)



 プラノが睡眠状態のまま覚醒しない理由は、至って簡単なことだった。


「魔力不足か」


「ここまで大きな力を持つ神官長様が魔力不足になるとは、なかなか起こらないことだと思われます」


 エルフの兵士長であるルトの行動は早かった。プラノの様子を見るなり、エルフの国に連絡をとると言ってギルドを出て行った。

 普通ならば有り得ないことなのだが、なぜかルトはこのギルドを安全だと認識していた。それは中身がオリジン・エルフでもある一樹の影響なのかもしれない。


 ステラの冷静な分析を聞き、ギルマスモードの赤毛をワシワシと掻いた一樹はエルフ特有の現象にも頭を悩ます。


「そもそも王都には精霊が少ない。精霊とのやり取りを頻繁に行う神官が、エルフの森を長期にわたって離れるのは望ましくないことだ」


「なぜ、プラノ様は王都に来られたのでしょう?」


「俺を頼ってきたと……思う。たぶん」


「……なるほど」


 ベッドで眠っているお姫様……もとい、エルフの美少年プラノは、その美しい顔に苦悶の表情を浮かべる。思わず伸ばしたステラの手を取る一樹の目には、うなされている彼の周りに少しだけ黒い何かが見えていた。


「ギ、ギルマス……」


「ああ、すまん。彼は良からぬものに触れて、深い睡眠状態になっているようだ。俺以外の人間が触れないように結界を張っておく」


「……分かりました」


 ギルドマスターである彼の大きな手で、自分の手を取られたままだったステラは頬を染めている。恥ずかしそうにしている彼女に気づき慌てて手を離した一樹は、目を閉じ集中するとプラノの周りに結界を張った。


「ステラ、この部屋にも結界を張るが、心配はしないでくれ」


「部屋に結界ですか? 心配はしませんが、何をするのかは把握しておきたいです」


「……言いづらい」


「把握しておけば、何かあったときに対処しやすいです」


「……オリジン・エルフに顕現してもらう」


「なっ……エルフの神ですか!? その気配を人間の結界でどうこうできるわけないでしょう!!」


「そこはほら、ギルマスの万能なやつでな?」


「ギルマスって言えば何でも許されると思わないでください」


「……参ったなぁ」


 ステラの追及に困っていると、一樹の足元から赤い大きな獣がゆったりと現れる。


「ガルル」


「……ああ、そうか。クレナイ、すまんがシラユキを呼べるか?」


「ガウッ!」


 ひと声吠えたクレナイが一樹の足元の影に飛び込むと、部屋の天井の一部が白く光り輝いていく。


「キュン!」


 真っ白な毛玉……もとい、オリジン・エルフの使役する精霊獣白雪が、光の中からぽとりと落ちてきた。危なげなくそれを受け止めた一樹は、白いモフモフをプラノの胸の上あたりにそっと置く。


「これでオリジンの力がシラユキを通じて入っていくだろう。魔力充填中ってなってるし」


「なるほど。精霊獣を介してなら、大ごとにはならなそうですね」


 ステラの納得した様子を見て、一樹は内心ホッとする。これ以上この世界の住人に自分のことを知られて、外の世界に興味を持たれても困るからだ。

 プラノのように一樹に関する全てが「神の世界のこと」と認識し、必要以上に聞いてこないというのは稀なことだったりする。プラノの愛が大きすぎる件。


「この様子だと半日でかいふくするだろう。目が覚めたら分かるようになっているから、彼のことは俺に任せておいてくれ」


「了解です。ところでギルマス」


「なんだ?」


「かれこれ二週間ほど決済が溜まってます。そろそろ仕事をしていただきたいのですが」


「わ、わかり、ました……」


「きゅーん……」


 プラノの側から離れられないシラユキは悲しげに鳴く。無表情のままギルマス一樹に仕事を促していたステラだったが、シラユキの「置いていくの?」という目を見て動けなくなってしまう。


「おい、ステラ」


「いやいやダメです。仕事が溜まっているのです」


「でもなぁ、かわいそうだぞ」


「うう……」


 シラユキだけではなく、ステラまでも涙目になっているのを見て一樹は苦笑すると指示を出す。


「執務室にある書類を取ってきてくれ。ここで仕事をする」


「……了解です」


 シラユキの様子が気になるのか、ステラは何度か振り返りながらも部屋を出て行く。遠ざかる足音と離れていく気配を感じ取ると、一樹はシラユキと向かい合う。

 真っ白な毛並みをふわりと揺らして、シラユキは小さく鳴くと首を傾げる。


「ああ、おかしいよな。プラノの魔力が回復していない。オリジンの力を入れているにも関わらずだ」


「きゅん?」


「原因を調べているが、もう少しやってみてくれ」


「きゅん!」


 元気よく鳴いたシラユキをひと撫ですると、一樹はガラス板のようなウィンドウをいくつか広げていく。運営用のものに出ているプラノに関するログにも「魔力切れにより意識を失い、現在睡眠中」としか出てこない。

 近く足音にウィンドウを閉じた一樹は、ステラを迎い入れるために立ち上がったところで勢いよくドアが開かれる。


「プラノさん!? うわぁっぷ!!」


 飛び込んできたオレンジ色の髪の少女を、一樹はその恵まれた体躯で軽く受け止めてやる。それでも彼の鍛えられた胸筋に顔をぶつけたらしい彼女は、痛そうに鼻をさすりながらギルマス一樹の顔を見上げた。

 すると、ミユの顔はみるみる赤く染まっていく。


「ふぇあっ!? す、すみません!!」


「大丈夫かお嬢さん。ギルド内は危ないから走らないようにな」


「は、はいぃ!!」


 ゲーム内なのになぜか彼女の髪からはいい香りがして、一樹はそれを少しだけ堪能すると名残惜しげに彼女から体を離す。顔を赤くして乱れた髪を整えたミユは、ぺこりとお辞儀をした。


「すみません。ここにプラノさんが寝込んでいると聞いて、慌ててしまって」


「ステラから聞いたのか?」


「はい。ステラさんには、プラノさんは私の精霊魔法のお師匠様だという話をしていたので、教えてくれたのだと思います」


「なるほどな」


 ミユはベッドで眠るプラノを見ると、そこにシラユキがいるのに気づいて驚く。


「オリジン様が来られたのですか?」


「いや、俺の精霊獣に呼んでもらったんだ。エルフの神の力でなんとかならないかと思ってな」


「そうですか……」


 ミユはしばらく会っていないオリジンのことを考えていた。彼はこの世界の神である。早々会えないのは分かってはいるが、彼女はかの美しくも強いエルフの神に好意を持っているのだ。


 そして、彼女の淡い気持ちを感じている一樹は、このままNPCとして演じるのなら、あまり会わない方が良いのではと思うのだった。




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