49、父と息子とお約束の輩(赤毛のギルドマスター)



「まず一つ、これを取得してもNPCには効かない。もちろん精霊にもだ」


「ああ、それはシラユキとクレナイで分かっている」


「精霊は中身を視るからな。気をつけろよ」


「ん? ということは、風の精霊王も呼べは応えてくれるのかな?」


「お前、精霊王なぞと知り合いなのか?」


「もう一つのNPCがオリジン・エルフだし」


「あー……なるほどそういうことか。応えると思うが、無闇にやるこっちゃないな」


「分かってるって」


 オリジンモードであれば、精霊をどんな風にしようと気にするものはいないが、さすがにギルマスモードでそれをやる気はない。

 ギルマス補佐であるステラには「少し精霊と仲良しなギルマス」程度に思われている。これくらいをキープしておかねば、色々とややこしくなる気がする。


「さて、始めるか」


「よろしくお願いします」


 聖王国の王都にある王族たちが住まう城。そこに一樹が来たのは、運営NPCの研修をしにきた父親に教えを乞うためだ。

 なぜかプレイヤーであり、リアルで妹のアイリがNPCが一樹であると気づきつつある。それを一樹の父親は「リアルの気配が漏れてる」という言い方をしていた。

 普段の一樹なら、父親にここまで丁寧な物言いをしない。しかし教えてもらうのであれば、それなりの態度が必要だろうと彼は考えていた。幼い頃から近所の道場で武術を習い、その時に嫌というほど叩き込まれたのだ。

 王城の中庭にある芝生が敷かれたスペースに、父と息子は向き合っていた。


「気配っていってもな、人によって匂いだったり音だったりする。それをとにかく外に出さないようにするのが、気配を断つという能力だ。あー、ここじゃスキルっつーのか。要は体を薄いビニールで覆う感じで……そうそうアレだよ。あの時のゴム……痛い!! 何で父を叩くんだ一樹!!」


「叩かれて当然だろう。このエロ親父」


「一番分かりやすい例えで言ってやったのに……」


 ゲームの中では痛みは感じないはずだ。それでもなぜか涙目で頭をさすっている父親に対して、冷たい視線を送りながらも一樹は集中していく。


「気配を断つというのは、自分に結界を張るようなものですか」


「もうそれでいい。まったく、つまらんヤツだな」


「真面目と言ってください」


 そう言うと、ギルマス一樹は体に炎を纏い目を瞑る。ギルマスの時に相性がいい火属性の結界だ。赤毛だから火と相性が良いということは、ステラの水色の髪は水属性と相性が良いのかもしれない。いや、彼女なら氷かもしれないと、割とどうでもいいことを考えながら一樹は結界を徐々に小さくしていく。


「ダメだ。これだと自分が潰れるぞ」


「結界が強すぎるってことですか?」


「強いし厚い。もっと薄くしろ。触られて感じるくらいにだ」


「エロに繋げるのは必須ですか」


 そう言いながらも、一樹は父親の言葉からヒントを得て、無事「自分の気配を消す」ことが可能になった。ログアウトすると効力が切れるとのことで、次回ログイン時に忘れないようにしようと一樹は心にメモをする。


「ありがとうございます」


「おう」


 丁寧に一礼したところで一樹は頭を上げると乱れた赤毛を無造作に撫でつけ、目の前にいる父親の体にフィットしすぎているギルドの制服と盛り上がった胸筋を見る。己に流れる森野家の血をどうにか筋肉から遠ざけたいと、切に願っていた。


「ところで、なんで親父は研修なんかしてるんだ?」


「んー? いや、ちょうど社内で募集しててな。しばらく日本にいるにはこれが一番手っ取り早いと思ってな」


「へぇ、そうなんだ。どれくらいいる予定?」


「次のイベントまでだな。このNPCは残してくれるそうだ。俺はプレイすることに興味はないから、このまま日本を出ても時々NPCとしてログインするぞ。嬉しいだろ?」


「うげ、マジかよ……」


 ニカッと男臭く笑う金髪の父親に、赤毛の息子は嫌そうな表情を隠そうともしない。それでも滅多に会えない父とこうやってやり取り出来ることを、一樹は少しだけ嬉しく感じていた。







「それでさ、ハンターギルドで絡んできた男がなんて言ったと思う?」


「うーん、よくあるファンタジーのテンプレな展開だったら、お前は引っ込んでろーとか?」


「それがねー……ぷぷっ、うっせーブスって言ったの!! あはは、ヤバい思い出すと面白さが倍増だよー」


「ぶ、ぶす? 嘘でしょ? もう、アイリったら話をすぐ盛るんだからー」


「本当だってば! うっせーブスって言ったんだってば!」


 顔を真っ赤にして笑うアイリは涙目で、そんな彼女に釣られるようにミユも笑ってしまう。そんな他愛のない話で盛り上がる美少女二人は、聖王国の王都の端にあるバザールに足を踏み入れていた。

 色とりどりの布を飾っている店の向こうには、光に反射してキラキラ光るアクセサリーショップ。なぜか木材だけを売る店があると思えば、怪しげな魔道具を多く置く屋台がある。そこにどこかで見たような顔があったのに気づいたアイリは足を止める。


「あれ? ねぇねぇミユ、あのエルフの人って……」


「エルフ?」


 アイリの指差す方向を見て、ミユは驚く。

 真っ直ぐで艶やかな金髪を肩で切りそろえ、エルフ特有の華奢な体と美しく整った顔を持つ「彼」は、とても目立つ存在となっていた。

 そして予想に違わずガラの悪い輩に絡まれている。


「すみません。私は用があるのでそこを退いてもらえますか?」


「いいじゃねぇか。俺らとイイことしようぜ」


「ぶっふぉ」


 なぜか男の言葉がツボにハマったらしいアイリは堪らず噴き出す。慌ててミユが彼女の腕を引くが、自分たちが笑われているということに気づいた男は、怒りのあまり顔を赤くする。


「おい、お前ら馬鹿にしてんのか?」


「馬鹿にしてないわよ。馬鹿に馬鹿って言ったら失礼じゃない。ええと……うっせーブス?」


「ぶはっ」


 アイリの物言いに、まさかこの絵に描いたような「やられ役」が、先程話題になっていた男だったとはとミユも堪らず噴き出す。

 周りからも所々で笑いが起きており、男の赤い顔はさらに赤くなった。

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