閑話、精霊獣の気持ち



 ボクは精霊獣である。見かけは犬みたいって言われるけど、犬じゃないよ。精霊獣だよ。

 名前はシラユキだったりクレナイだったりする。

 両方とも自分なんだけど、クレナイの時の方が動きやすい。

 ボクはこの世界に生み出された時に、黒いドロッとしたものに引っかかっちゃったんだ。そしたら精霊の森から追い出されちゃった。

 皆から「穢れ」って言われた。すごく悲しくて、辛くて、苦しくて……助けてっていっぱい叫んでも、皆怖い顔して追い出すの。

 そしたらね、すごくいい匂いがしたんだ。

 ボクが生まれた時に聞こえてきた、おめでとうって祝福するみたいな声がたくさん響いていて、そこで消えることができたら幸せだなって思った。「穢れ」ているボクは、もうこの世界に必要な存在じゃないって思ったから。

 でもね、ご主人様は「穢れ」たボクを、ただ受け入れてくれたんだ。

 生きているなら、ここにいるのなら、それは意味があることだからって。

 ご主人様の力と、受け入れられたボクの幸せな思いが力になって「穢れ」が消えた。ご主人様の近くにいた人が「ありえない」って言ってた。ボクもそう思うよ。

 どんなに汚れていても、どんな存在でも、ご主人様は「そこにいることが生きる意味であり許されているということ」って言うの。今ならご主人様は普通じゃないって強く思う。ご主人様はすごい人なんだ。


「シラユキは本当に愛らしいですね」


 エルフの神様なご主人様は、そういっていつもボクをたくさん撫でてくれる。あごの下も、耳の横も、お腹のところも、ご主人様ならいっぱい撫でても怒らないよ。もっと撫でていいよ。

 でも、クレナイの時とは違って、シラユキの時はあまり役に立ってない気がするんだ。


「そんなことはないですよ。シラユキはちゃんと役に立ってますよ」


 そうかな? 役に立ってるかな?

 すんごく綺麗な笑顔のご主人様に見惚れてしまうボク。本当にご主人様は格好いい。

 他の人が抱っこしても落ち着かないけど、ご主人様の手は温かくてしっかり包み込んでくれる。それに抱っこした時にご主人様の匂いをいっぱい嗅ぐのが好き。すごくいい匂いなんだよ。

 最近よくいる女の子も、たまにクンカクンカしてるんだよね。ボク、あの子となら仲良くなれると思うんだ。むやみに触ろうとしなくて、ボクの様子を見て撫でてくるところもいい。

 ご主人様がその子を「守ろう」としている力が見えるから、ボクもしっかりと守るよ。近いうちに、あごの下の毛も触らしてあげるんだ。

 そうそう。ボクを撫で終わった時に、ご主人様はいつもチュってしてくれるんだよね。そしたら周りの人たちが羨ましそうに僕を見るんだ。

 えへへ、いいでしょうって、ボクも尻尾をいっぱいフリフリしちゃう。

 ボクの尻尾、振りすぎてちぎれて飛んでいったらどうしよう……気をつけなきゃ。







 ご主人様が赤毛になって呼び出されるボクは、赤毛の精霊獣クレナイになる。

 白い子犬みたいなシラユキの時とは違って、ご主人様の腰の高さの位置にボクの頭があるくらい大きい。犬っていうよりも狼に近いってご主人様が言ってた。

 一緒に歩いたり走ったりもできる。火と闇の精霊が仲良くしてくれるから、彼らと協力してご主人様を助けることもできる。

 シラユキの時は風とか森の精霊が仲良くしてくれるけど、あの場所は安全だからボク自身の力を使うことはほとんどないんだよね。


「クレナイ、あの人間を追えるか?」


「ガウッ!」


 ひと声吠えると、ボクはご主人様の言われたとおりに人を追ったり、匂いで物を見つけたりすることができる。ご主人様以外から撫でられることはなくなったけど、別に寂しいとかはない。


「よくやった。クレナイ」


「グルウゥ」


 ほら、ご主人様がいっぱい褒めてくれる。ボクの好きな耳の後ろも、首の周りもわしゃわしゃしてくれる。

 それに疲れただろうって、ボクの肉球をマッサージしてくれるんだよ? これが本当に気持ちよくて、大好きな時間なんだ。でも……。


「うーん、どうもやりにくいな」


「ガゥゥ……」


 ボクが寝っ転がってると、ご主人様がマッサージしようと床に座ってくれる。でもそれだとご主人様が疲れそうだなって思ってたんだ。

 いいよ。ボクは大丈夫だよ。わしゃわしゃしてくれるだけで充分なんだから。


「ああ、こうすればいいか」


 そう言ってご主人様は、部屋の隅に置いてある長いソファに座った。そこはカリカリ紙に何か書いていたご主人様が、疲れた時にお昼寝している場所。いっぱいいい匂いがするから、たまにこっそり匂いを嗅いでるのは内緒。


「ほら、こっちに来い」


「ウゥ?」


「ここだ。クレナイ」


 そう言って、ソファに寝そべったご主人様が腕を広げる。これはシラユキの時に抱っこしてくれる合図だ。

 え? いいの? 今のボクは大きいよ?


「お前くらい軽いもんだ。早く来いって」


「ガゥ!」


 ご主人様の笑顔に、ボクはちぎれちゃうくらいに尻尾をいっぱいフリフリしてソファに上がる。もちろんご主人様を踏まないようにしながら……って、うわっ! あっという間に抱っこされちゃった!

 ご主人様の胸にスリスリしながらいい匂いをクンカクンカしていると、トクントクンって音が聞こえる。ボクは肉球をモミモミされながら、たまにゆっくり揺らされたり、頭にチュってしてもらえて嬉しい。幸せ。


「キューン……」


「お、可愛い声が出たな。ほら、寝てもいいぞ」


 優しい声に、ボクはゆっくり目を閉じる。

 あの日、黒いドロッとしたものが嫌でたまらなかったけど、あれが無かったらご主人様と出会えなかった。

 だからボクは感謝する。

 アレの存在に意味があるのかどうかわからないけど、少なくともボクにとっては意味のある存在だったから。


 この世界の「すべて」に感謝を。



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